偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

枯れ葉(2023)


スーパーで働く女アンサは仕事を失い、アル中の男ホラッパは酒に溺れながら建設現場で働いていた。それぞれ友人に連れられて行ったカラオケバーで出会った2人は互いに惹かれ合うが、不運と不器用さから幾度もすれ違うことになり......。


名古屋市をお散歩してて、晩飯までちょっと時間が空いたのでミッド2に入って気になってた本作をふらっと観たんですが、めちゃくちゃ良かった。

本作は、引退宣言をしていたカウリスマキ監督が、おそらく昨今の世界情勢などに感じることがあったのでしょう、引退を撤回して制作した最新作、らしいです。
そんな背景を表すように、作中ではラジオのニュースによってウクライナ戦争の悲惨な状況が逐一報されていきます。以前観た監督の別作品からしてもタイムレスな雰囲気の作風だと思うんですが、本作ではさすがに今この時が舞台だからということで、携帯電話も出てきたりもして辛うじて現代が舞台であることのリアリティを保っています。

ただし作品の主眼はあくまでもありふれたラブストーリー。それも不器用で若くはなく金もない男女のあまりに小さな(そしてドラマチックな)ラブストーリー。
正直直前までお散歩してた疲れで最初の10分くらいは半分寝てたけど、そんでも全然ついていけるくらいベタでシンプルな物語。男と女が出会い、電話番号を紙に書いて渡すけど紙をなくしてしまう......なんていう、今では逆に珍しいくらいありふれたメロドラマで、ストーリーだけを口頭で説明したらめちゃくちゃつまんない映画だとすら思います。てかLINE交換しろよ!と思うだろうと思います。
でも、それが映画としてこういう形で作り上げられるとめちゃくちゃ心に響いてしまうし、他では観られない独特の作品に仕上がってるから凄えっす。
それはもう一口にどこがどう良いとは言えない、映像も色合いも俳優も細かい台詞や描写もそして音楽も、映画そのものの全てがもう圧倒的に良い。

主演の2人の、感情を表に出すのがめちゃ下手なんだけどかれらなりに恋するワクワクに満ちてる感じが凄え良いし、それでも抱える痛みや不安が先に立ってなかなかなかなか素直になれない不器用さもとても共感してしまってヤキモキしながら観た。食器を買いに行くシーンとかもう、ニヤニヤしながら観たし、雑誌(?)の読み聞かせはシリアスなシーンなのにギャグぶっ込んできて吹いた。

初デートで行く映画がアレなのも良いし(観てないけど)、あんな最近の映画が映画の中で引用されるというのも新鮮でした。映画館から出てくる客がシネフィル談義をしてるとことか、映画館の掲示板の前でスパスパ煙草を吸いまくるところとか、映画愛が溢れていて眩しい。映画愛といえば、工場から出てくるシーンはリュミエール感もあるし、ラストのアレは偉大な反戦映画の呼びかけのようだし、たぶん他にも私が分かってないだけで色んな引用やオマージュに溢れていそうな、でもそれをひけらかすことなくさらっと見せる感じがオシャレです。

そして、バーでギターとシンセの女の子2人組のツインボーカルのシンセポップバンドが演奏するシーンが出てくるんだけど、その曲が途轍もなくよかった。良すぎて調べたらMaustetytotというバンドらしいです。とりあえず作中に出てきた曲を最近ちょいちょい聴いてる。

こんなご時世だからこそ愛の美しさをもう一度描いた本作は、映画で世界を変えることはできなくても観ている私の見る世界の色を少し変えることは出来る、そんな監督の意地みたいなものも感じさせる素晴らしい作品でした。
あと、何より犬が良い。猫派だけど、犬が良すぎた。