偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

綿矢りさ『憤死』読書感想文

綿矢りさ、初読みです。
前から気になってて家に何冊かあって、その中でも短編集だからとっつきやすいかと本書をまず読んでみました。
そしたらこれが滅法面白かった!
なのでこれから積んでるこの人の本をいくつか読んでいこうと決意しました。

憤死 (河出文庫)

憤死 (河出文庫)


さて、本書は掌編1編と短編3編収録の短編集。
各話に話のつながりはないものの、裏表紙の作品紹介に「綿矢りさによる世にも奇妙な物語」とあるように、一風変わった設定と、ゾクゾクするような怖さ、おぞましさが全編に共通した短編集になっています。
とはいっても、とある一編を除いて超常現象やファンタジー的な設定は使われていません。あくまで人間が怖い、というところが本書のヤバさだと思います。

では以下各話の感想を。





「おとな」

幼い頃に見た夢にまつわる掌編。
本書収録の全話に、こどもがおとなになっていくというテーマが通底していますが、それを端的に表したイントロダクション。
ぼやっとした話から次第に輪郭がはっきりしていき、ゾクゾクする感覚を突きつけられる結末まで、短い中での話の流れが見事。
このゾクゾクする感覚が、「こども」としての私のものなのか、それとも「おとな」としての私のものなのか......なんて考えるとまた恐ろしいですね......。
そして、語り手の名前もまた......。





「トイレの懺悔室」

少年時代の夏、地蔵盆で起こった出来事......を描いた怪談かと見せかけて、予想外の展開に行くのが面白いですね。

まずは少年時代の細かい描写がいちいちノスタルジェーを煽ります。氷鬼、懐かしあぁ〜とか、庭に生えてるでっかいアロエって気持ち悪かったなぁ〜とか。大人になって見えなくなったものを思い出させてくれました。それは、例えば虫を残酷に殺したような、あまり思い出したくもないような思い出も......。

そして、トイレの懺悔室の場面がまた恐ろしい。
子供の頃の、クラスの友達ではなくて、ちょっと悪そうな上級生とか、それこそ近所のおじさんとかと知り合って遊びに行ったりする時のワクワクするような、でもそれ以上に怖い気持ちが、これも完全に忘れていたけど、ざわざわと思い出しました。

そこからの展開に関しては詳細は伏せますが、語り手への嫌悪感がスパイスになりつつ、心理的に怖いんだけど、物理的にも怖いという怖すぎるオチまで一気読みさせられました。純粋に怖さで言ったら本書でも随一の一編です。





「憤死」

「自殺未遂した友達を興味本位で見舞いに行った」みたいな書き出しの潔い毒っけからして引き込まれます。
タイトルからどんなに壮絶な話なのかと身構えていましたが、全編にわたってこの毒のあるユーモアで貫かれたなかなか笑えるお話でした。
とにかく主人公がその友達のことを小馬鹿にしてて、「憤死」というタイトルもやはり皮肉というか、「憤死(笑)」みたいなニュアンスで使われてて笑いました。

「看護婦」という言葉の使い方とか、バイトのエピソードとかがさらっと巧いですよね。

そして、一言では言い表せない何とも言えん感情を一言に凝縮したラストの一文も素敵。





「人生ゲーム」

子供の頃に遊んだ人生ゲームの内容が将来を暗示する......というお話で、実は本書では唯一超自然的な設定の作品です。
これまでのお話も変わった設定の、ホラーとも何ともつかぬそれこそ「奇妙な物語」で、その点は本作も同じなんですが、設定がそういう風なだけにフィクション的というか、エンタメ的というか、行儀良く綺麗にまとまっているけど、それだけにやや物足りないところもある短編です。
まぁ、テレビでやってる世にも奇妙な物語も怖い話や面白い話があった後最後はこういう話だったりするから、そういう意味では本書の締めにはふさわしいのかもしれません。