偽物の映画館

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西澤保彦『瞬間移動死体』読書感想文


妻の景子の稼ぎで暮らすヒモ夫の和義は、しかしとある理由で妻の殺害を決意する。
ロサンゼルスと日本を瞬間移動で往復するという完璧なアリバイトリックを引っ提げ、いざ計画を実行しようとするが、事態は思わぬ方向へ動き出して......。


新装版 瞬間移動死体 (講談社文庫)

新装版 瞬間移動死体 (講談社文庫)


『七回死んだ男』をはじめとする、初期西澤保彦の代名詞の「SFミステリ」長編。

本作では瞬間移動という能力が出てきますが、もちろんタダで瞬間移動が出来たらみすてりにはならないので、いくつかの縛りがあります。

①移動する時は全裸、何も持っては行けない
②移動するためにはエンジン代わりに酒を飲まなきゃいけない
③移動する際、目的地から出発点へ(自分と交換で)何かが転送される

という細かいルールがあって、これがなんとなーくSF感を出しつつミステリとしても成り立つようにしてます。
パズラーなんて言葉がありますが、マジでパズルみたいに「主人公の代わりにこれが転送されてここに酒があるから燃料補給はできて、でも何も持っていけないから帰りの燃料はうんぬん......」と、提示された設定を組み合わせてあーでもないこーでもないと考えさせられる、それ自体が面白いんですね。
私は数学は苦手だけど算数は好きだったんで、こういう問題は面白いですね。


また一方、主人公夫妻をはじめとするキャラ造形もいつもの西澤節が効いてて面白いですね。
人気作家で稼ぎまくる妻と、ヒモの主人公のSM的関係性と、それがある出来事によって崩れて殺意に変わる過程は、デフォルメされつつも生々しく共感させられます。
また、主人公の周りの美女たちも素敵。西澤保彦の軽率に美女をたくさん出して読者をムラムラさせる芸風が本作でも徹底されています。


ただ、真相はというとそこまでハッとさせられない、と言いますか......。
煩雑な割に、設定に制約がありすぎて「こうじゃなかったらこうなんだろうな」くらいの予想は(論理的思考じゃなくて読者のカン程度ではありつつ)出来てしまい、そんなに驚けなかったかなぁと。
それでも、大胆な伏線の貼り方など、細部で「おっ!」と思わされるところもあり、終始コミカルながらドロドロしてほろ苦いストーリーも相俟ってなかなか満足感のある一作です。