偽物の映画館

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浦賀和宏『透明人間』再読感想

先日、敬愛しつつ憎悪する浦賀先生が亡くなりました。
たまたま、私は今年の初めに浦賀作品の中でも特にドロドロした八木剛士シリーズを一気読みするという蛮行を達成したばかりだったので、驚きと喪失感が酷く、俺を残して死にやがってとちょっとムカついてます。

で、別に追悼というわけではないのですが、前から読書会の課題本になってたので以前読んだ本作を再読し、やっぱ浦賀は凄えと改めて認識しています。結局安藤シリーズもラスト1作を残して打ち切りエンド。浦賀ユニバースは完成しないまま我々の目の前に果てしなく広がるのです。



さて、本作『透明人間』は、安藤直樹シリーズ第7作ですが、順番に読まないと話が分からないシリーズ中にあって、唯一単体でも読める作品となっています。
内容もかなりキャッチーで、いつものエグいモチーフが少ない代わりに、透明人間というモチーフの上手さ、映像的な描写や、捻くれながらもオーソドックスな名探偵による解決のフォーマットなど、かなり一般受けしそうな要素が入ってて





そもそも1作目でさえ2作目と対になってるくらいなので、安藤シリーズを読み始めるならむしろ本作から入るのもアリかな、という気もします。

で、前回読んだときの感想は一応こちらにあるので、今回はネタバレありで徒然なるままにテキトーに書いてみようと思います。



透明人間 (講談社ノベルス)

透明人間 (講談社ノベルス)


※以下ネタバレ











主人公・小田理美の幼少期の日記から物語が始まります。
どうでもいいけど浦賀作品に「さとみ」という名前の女性は何度も出てきてるし、「小田」も八木剛士シリーズに小田渚ちゃんが出てきたので、たぶん浦賀和宏の初恋の人が「小田理美」さんだったんでしょうね。

それはさておき。
子供の日記ですらエモいのがさすがです。
正月三ヶ日と、そのあとの落差に泣く。
透明人間の登場や、父親の死の場面など、映像的な描写が多いですが、日記が終わったところでタイトル『透明人間』とタイトルテロップが入って現在パートが始まるのも映画っぽいですね。

透明人間というモチーフは、理美の幼少期の体験......包帯やサングラスで顔を隠した人物、密室状況の部屋からの消失、雪密室とも言える父親の死......のことでありつつ、両親を亡くし、友達もいない孤独な理美自身のことをも表しています。
その点、私なんかは親は健在だし少ないながら友達もいるくせに、やはり「俺は透明人間だ」とか「いやフランケンシュタインの怪物だ」などと思うことがあるので、めっちゃ共感した。
あと、理美の話のつまらなさがまたリアルに人と関わりがなさそうな感じでよかったです。電話で飯島にキレられるシーンとか泣いたもん。我々根暗陰キャは他人の時間を自分のために割かせることへの恐怖を持っていますからね。

てな感じで中盤までの理美の青春自殺遍歴だけでもめちゃくちゃよくて、むしろミステリファンのくせに事件が始まってからの方がどうでもよく感じられてしまうほど。とはいえ超クローズドサークルな中でのスピーディーな殺人劇も一気に読めちゃいますよね。



そして、いつになくガチガチにミステリらしい事件を起こしておきながら、明確な解決はないというあたりが浦賀さんらしいというか、浦賀流アンチミステリのようになっています。

安藤による島田荘司風の推理は、人生に意味などないと嘯く彼らしいめちゃくちゃなもので、バカミス的なド派手な光景が楽しめます。
名探偵嫌いを公言する彼が、嫌悪する名探偵のパロディのようなことをやっているのも面白く、なんせ前作ではあんなことにまでなってしまった安藤だから投げやりな自虐的皮肉的ジョークのつもりなのかもしれません。


一方、理美の解決は断然エモくて、なんせ彼女がそのことに"気付く"シーンは、シャマランの初期作のラストみたいなエモい演出になってるのが最高っすね。シャマラニアンの浦賀さんのことだから絶対意識してると思うんだけど本人に確認する機会も失われてしまったのが悲しいところ。
で、「透明人間がいました」なんてオチじゃいくらなんでも読者は怒りそうなものですが、これまでのシリーズでもさんざんSF設定を持ち込んでるから今更透明人間くらい受け入れられるってのも巧いというか白々しいというか......。

しかし、そんな透明人間オチも、あくまでも「理美がそう考えた」というのに過ぎません。
いわば、安藤の推理、理美の人生の伏線回収、飯島の深く詮索しない態度と、メインキャラ3人3様の"解決"を持つ「藪の中」方式の作品でもあり、それぞれの解決がそれぞれの人生観を表しているってのが綺麗です。
そんな中でも、読者として共感しながら読んでいただけにやはり理美の解決がエモいってわけですね。

あと、伏線の置き方にしても、植木鉢が落ちてくるシーンはいじめてくる同級生への憤りだったり、飯島との出会いでは飯島が語ることで冗談っぽくなったりして、なかなかその裏に何かあるとは気付かせないのが巧いっす。

そして、冒頭で掲げられた「この物語の主人公と同じ体験をしたら、あなたも同じことを考えるだろうか」という一文が、二つの意味を持ってくるように思えます。
一つはもちろん理美のこと。
もう一つですが、本書のタイトルが「透明人間」であることから、透明人間となった遠山くんも影の主人公と言えるのではないでしょうか。
読者が透明人間の存在を信じる場合、「もしも透明人間になったら、自らの存在を知らせることもできないまま、愛する人を守り抜けますか?」という問いにも思えるんですよね。
どうだろう?
私なら無理かもしれません。透明になったら絶対もっとエロいことに使うもん。着替え覗いたり、寝てる間におっぱい揉んだり(それはヴァーホーベン)。

もちろん、現実問題透明になったからといって四六時中理美を見ていて気付かれないのかとか、困難な点も多々ありますが、それでも信じることで人生の意味となるならば信じればいいんです。なんせ、CUEは至る所に出ているのですからね。

そして、ラストシーンで飯島と理美のセックスを見る遠山君に乾杯!


あ、あと、彼女へのプレゼントが『BGM』はどうかと思う。せめてソリッドステイトサバイバーでは......と思いつつ、CUEという曲をテーマソングに選ぶセンスはやっぱり流石で、読み終わった後BGM、特にCUEをめちゃ聞いちゃいます。関係ないけどU・Tもめちゃ好き。高橋さんのドラムがヤバい。