偽物の映画館

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西澤保彦『腕貫探偵、残業中』読書感想文

『腕貫探偵』に次ぐシリーズ第2弾となる短編集です。

腕貫探偵、残業中 (実業之日本社文庫)

腕貫探偵、残業中 (実業之日本社文庫)


前作は各話で「腕貫さんの簡易相談所を訪れる語り手」という形式を踏襲していましたが、今回はちょっとハズしてオフタイムの腕貫さんが出会う人々の物語になっています。
そのため、前作もバラエティ豊かでしたが今回はさらに話の構成からしててんでバラバラで、良いか悪いかは好み次第ですが、シリーズ物っぽさが薄い短編集になってます。

個人的には1冊でサスペンスから恋愛ものから倒叙まで色々味わえるのが面白く、前作にも劣らないステキな一冊だったと思います。

以下各話についてちょいちょい。





「体験の後」

行きつけのレストランで食事をしていると、迷彩服の男たちが乱入し、店に立て篭もった。リーダー格の男は店主に恨みがあるようだったが......。


初っ端からまさかの立て篭もりサスペンスで驚かされました。
とはいえ、このシリーズらしく、緊迫感よりもゆるさと悪い意味での人間味に溢れる一編ですのでご安心を。
まず語り手が初老に近い男性なんですけど未だに学生気分というのが面白いですね。西澤さんはそういうの似合うし、私もそういうの好きだから、彼のキャラ造形だけでニヤニヤしちゃいました。そんな青い彼のキャラ造形がラストの行動にも説得力を持たせてますしね。
ミステリとしては、なんとなく読めてはしまうものの、伏線といい真相への飛距離といい、なかなか面白く、幸先のいい短編集のスタートだと思います。





「雪のなかの、ひとりとふたり」

ユリエと同じマンションに住む男が妻を殺害したとして逮捕された。しかし、ユリエがたまたま撮った写真には彼が一晩中乗り回していたと供述する車に雪が積もっている光景が写っていて......。


映画の『キサラギ』みたいな、落着した事件に改めて疑問点が出てきて推理していくと......みたいな話って良いですよね。
事件の内容こそ全然違うものの、本作もそういうタイプのお話だったのでその時点で無条件に引き込まれてしまいました。
不倫ものなのでドロドロしそうな予感はあったものの、やはり嫌な話になっちゃうのが良いですね。外枠がユリエちゃんと腕貫さんのラブコメなだけに余計、事件の構図のやるせなさが際立ちます。





「夢の通い路」

高校時代に片思いしていた女子との、あり得ないはずのツーショット写真が見つかった。当時の親友や彼女当人に話を聞くうちに、過去の火事の記憶が蘇り......。


魅力的に見えた写真の謎自体はかなりしょうもないことで拍子抜けですが、その分他の思わぬところから出てくる意外性にやられました。そして、同窓会ラブ的な(同窓会じゃないけど)、学生時代のマドンナとの再会っていうストーリーも良いじゃありませんか。読んでる間、頭の中で斉藤和義がずっと好きだったんだぜ〜と歌ってましたよ。





「青い空が落ちる」

無趣味で特定の友人もいない、いわゆる"面白みのない"タイプの元教師が自宅で病死した。その死には事件性は認められなかったが、彼女が死の間際に五千万円もの大金を銀行から下ろしていたことがわかり......。


冒頭のノスタルジックでありながらどこか不気味さの漂うモノローグからして素敵。
そこから一転、事件の謎は地味ながら、他人との関わりが薄い人物の突然死と死ぬ直前の不可解な行動というのはこれまたどこか不気味で、不可解なだけで特に事件性もないくせにちょっとホラーのような雰囲気さえあります。
そして、西澤保彦らしい歪んだホワイダニットとしての真相もまた不気味で、本書の中でも一際異端な感じの一編でした。





「流血ロミオ」

夜中に隣の家に住む想いを寄せる少女と窓越しに話すことを楽しみにしていた中学生。ある日、初めて彼女に部屋に誘われたが、その後、少女は殺害され、彼も暴行を受けて重体に。さらに同じ頃、少女の叔父と友人が不審な事故死を遂げていて......。


少年少女の青春物語自体にも男女の温度差という悪意を込めてくるあたりは非常に西澤保彦
事件の内容自体はあまりにも大惨事になりすぎてもはや誰が何をしたのであろうがみんな死んでるけどな!という謎の興味の持てなさがあったりしますが、それでも歪んだ真相はやはり西澤保彦で楽しめました。





「人生、いろいろ。」

浮気相手と共謀して同棲する女性をホテルで殺害しようとしていた大学生。計画が狂い、殺害は中止されたが、その後思わぬ小さな事件が彼の身近に起きて......。


本書の最終話です。
倒叙ものなんですけど、主人公の計画に倒叙ものらしいスマートさが感じられないのが面白いところで、こいつ大丈夫かよとニヤニヤしながらもハラハラしちゃいます。
しかし動機は大学生ながらドロドロしてて西澤ってますね。
で、そんな倒叙ものとして読んでいると、話は急展開して意外なところから謎が飛び出してきます。この奇抜な構成が面白い。
正直ここまで来ちゃうとオチはなんとなく読めちゃうけど、なんとも言えん余韻も含めて不思議な味わいが魅力的な一編です。