偽物の映画館

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西澤保彦『腕貫探偵』読書感想文

はい、私的西澤保彦ブームなので、ついにこの今だと代表作というか一番メジャーであろう腕貫探偵シリーズに手を出しましたよ。

腕貫探偵 (実業之日本社文庫)

腕貫探偵 (実業之日本社文庫)


これ、読む前は表紙のイメージや売れてるらしいということだけで「どうせキャラ萌え系のほのぼのライトミステリやろ?」とかちょっと舐めてたけど、読んでみたらとっつきやすさの中にも西澤保彦らしさが全て詰まった、ファンも初心者も楽しめそうな作品でした。

まず意外だったのは、腕貫探偵のキャラが前面に押し出されてるわけじゃないこと。
第2弾からはちょっと前に出てきますが、この1作目では彼はほんとに狂言回しというか、推理する機構のようなものに過ぎない。
そして、その分それぞれの話が、ちゃんとそれぞれの主人公たちの物語になってるんですね。
また、探偵の設定が「その辺に突如現れるなんでも相談サービス」ってことで、持ち込まれる事件の幅も広い。
だからそれぞれの短編の作風も毎回変わって、殺人事件ものもあれば日常の謎風味のものもあり、シリアスなものもあればコミカルなものも、と、著者の作風の多彩さの見本市の様相を呈しています。
当然その結末も、イヤミス風のから優しいものまで、つまりはいわゆる黒西澤から白西澤まで様々。

いやぁ、一冊でこれだけ濃くて色とりどりの短編がいくつも読めるなら、そりゃあ売れなきゃ嘘でしょ、なんて思っちゃいましたよね。おすすめの一冊です。

では以下各話について少しずつ。





「腕貫探偵登場」

コンパ帰りに酔って変な駅から歩いて帰る羽目になった大学生。帰る途中のバス停で、同じアパートの先輩の死体を発見する。しかし、慌てて通報をして戻ると死体は消えていて、アパートに移動させられていて......。


記念すべき第1話は、大学生が主人公で、死体移動の謎が描かれる比較的オーソドックスな短編ミステリです。
大学時代の飲み会の帰りというのを懐かしく想いつつ、意想外のところから繰り出される真相には素直にあっと驚かされました。
メルカトル鮎並みに不親切な腕貫探偵による"謎解き"も面白く、こりゃなかなか拾い物かもな、と、しかしこの時はまだ軽い気持ちで思っていたのですが......。





「恋よりほかに死するものなし」

母が学生時代にすれ違いの悲恋に終わった恋人と再婚することになった。しかし、幸せ絶頂のはずの母はなぜか沈みがちに......。


西澤保彦らしいエモさとイヤさのある短編。
これで、「おっ、このシリーズなかなかヤバいのでは!」とずぼっとハマってしまいましたよ......。
途中で語られる母親の悲恋の物語がめちゃくちゃありがちなんだけどなんかエモくて、でも主人公の視点からは母が父以外の男とそんな......っていう居心地の悪さも分かるしで感情を振り回された後、あの結末ってのがさすがです。
また、そこに気付くためのちょっとした違和感の正体もミステリ的にお見事。サクッと読めて意外性も物語性も楽しめる一編でした。





「化かし合い、愛し合い」

二股をかけていた浮気男だったがひょんなことからバレてしまう。本命の女とよりを戻そうとした矢先、とある殺人事件に巻き込まれ......。


からの、またガラッと雰囲気が変わってプレイボーイの視点からのちょっぴりコミカルで、しかしそれ以上に反感の湧くお話(←)。二股の相談にクソ真面目な口調で答える腕貫さんに笑います。
金も女も簡単に手に入れれちゃう主人公に全く感情移入できないながらも、自分とは別世界のお話すぎて逆に面白く読めました。
なんといってもオチがいいですよね。いやもうミステリ部分なんかはどうでもいいけど、あのアリバイトリックのひっどい利用法といっそ清々しさすらある恐るべき結末。これはさすがに笑いました。







「喪失の扉」

定年退職した大学の事務員。自宅から20年前の学生証が大量に発見されるが、彼には身に覚えがなく......。


さらにガラッと作風を変えて、老年に差し掛かった主人公が記憶から抜け落ちた過去に向き合うというシリアスで内省的なお話。
なんせ大勢の学生の個人情報を盗んでおきながら記憶にもないということで、嫌でも悪い予感しか抱くことができずに常に不穏な空気が流れます。
そして真相はミステリとしての発想の飛躍を楽しみつつ、こういうライトなイヤミスのお手本みたいなダークな味わいが楽しめました。





「すべてひとりで死ぬ女」

公衆トイレで殺されていた作家。彼女は死の直前に、昼食のために入ったレストランで食事を摂らず不自然に退出していて......。


次作の『腕貫探偵、残業中』ではかなりがっつりとグルメ描写が入ってきますが、本書ではこれが唯一のグルメにじゅるっとしちゃうお話。
まぁとはいえそれはそれとして、殺人事件でありながら、被害者の生前のちょっと不思議な行動がクローズアップされることでやや日常の謎みたいな雰囲気もある、魅力的な謎の提示が良いですね。
ただ、真相は、仕方がないこととはいえややスッキリしないというか、推論としては面白い論理だけど気持ち的にはモヤっとするんですよね。まぁ、言いたいことはわかるけど......。やや消化不良。





スクランブル・カンパニィ」

身元がバレないように互いの部屋を使ってワンナイトラブを繰り返していたセクハラコンビ。その片割れの部屋で盗難事件が発生し......。


一見合コンの体をとった、セクハラコンビ vs 強い美女コンビというヤバそうな戦いになぜか巻き込まれてしまう体調不良の主人公くんが最高ですね。ラノベの主人公っぽくて。まぁラノベ読んだことないからイメージですけど。羨ましいですよね。
これも「化かし合い、愛し合い」と同様にミステリ部分よりもコメディとして面白いですね。まぁなんせ森奈津子シリーズとかやってるくらいだからこういう性にまつわるお笑い系のお話は得意とするところでしょうからね。





「明日を覗く窓」

とある老画家の展覧会の片付けにヘルプで参加することになった主人公。絵をそれぞれ対応する箱に入れるだけの簡単な仕事のはずが、箱が一個だけ余ってしまう。この箱に入るはずの絵の行方とは......?


最終話にして前に出てきたあるキャラクターの後日談にもなってて感慨深い一編。
ここまでの短編の中には嫌な後味のものもありましたが、この話は冒頭から優しいタッチの日常の謎です。
ミステリーとしてはどうしても自分がその場にいないといまいちピンとこないところがありますが、それはそれとして青春ものとしてちゃんとこうしてくれるところが本作の良さであり、西澤初心者に勧めやすさですよね。これは、ヒットしたのも分かるわ。