偽物の映画館

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『有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー』読書感想文

タイトル通り、アリス先生が選ぶ本格短編アンソロジー
いきなり失礼なこと言いますが、作家としての有栖川有栖にはそこまで興味がなくて、学生シリーズこそ好きで全部読んでるものの、作家シリーズの方は短編集読んであんまり肌に合わなくてやめちゃいました。
でも、ミステリの読み巧者としての有栖川有栖には信頼を置いているので、そんな彼が選者の本書もとても楽しめました。

有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー (角川文庫)

有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー (角川文庫)


全体が「読者への挑戦」「トリックの驚き」「線路の上のマジック」「トリックの冴え」という4部構成になっていて、それぞれのカテゴリーにいくつかずつ短編があるという、目次を見ただけでワクワクしちゃう感じもさすがです。ミステリなんて遊びだから、こういう遊び心が堪らんのです。
また、チョイスもマニアックで、本邦初訳の作品や、推理研の先輩が即興で書いた作品などほぼここでしか読めないようなものもあり、こういうレア感もまたワクワクさせてくれます。

では以下各話感想。



巽昌章「埋もれた悪意」

著者はミステリ評論の方面では代表的な人物ですが、小説を読むのはこれが初めて......というか小説自体ほぼ発表してないみたいですね。
本作は非常に地味でオーソドックスな犯人当てですが、それだけに上手さが際立ちます。
また、開き直ったかのようにメタなネタを飛ばしたりと、物語性は完全度外視でただの推理ゲームとして作られているのも良いですね。新本格はこうでなくっちゃ。
解決の前に読者への挑戦が挟まれるので私も考えてみたのですが全然だめでした。犯人当て読む時って毎度のことなんですけどとっかかりになるヒントに違和感を覚えながらもそれが何なのか分からないまま降参しちゃうんですよね......。もっと自分の違和感を信じなきゃ......。
そんなわけで白旗を揚げたものの、解決を読んでいけばあれもこれも露骨に伏線で、意外性と論理を踏んでく面白さと両方あって、地味ながら犯人当てのお手本みたいな作品だと思いました。手形のシーンがめっちゃ犬神家オマージュなのには笑う。



白峰良介「逃げる車」

これは著者が大学のミス研に在籍していた頃に電車の中で即興でばーっと書き上げた犯人当て、という超異色作。
異色作といえば聞こえはいいものの要は素人がワンアイデアでパッと書いたものなので正直言ってそんなに面白くはなかったです......。
要となるあの発想の転換に関しては正直お話が始まった時から気づいていたので、「ならこういうこと?いやでもさすがにそんだけじゃ根拠として弱いか......」と思っていた勘がそのまま真相だったので拍子抜け。
ただ(ネタバレ→)ロボット三原則の応用というワンアイデアだけは面白いし、そこから即興でここまで形になったものを書けるのも凄いとは思います。



つのだじろう「金色犬」

これまた異色の、つのだじろうによる少年向けミステリ漫画。
少年向けとはいっても侮るなかれ、お屋敷での遺産争いと凄惨な事件、人を喰う金色犬というモチーフ、孤児だった少女と車椅子の老人、そして名探偵......そう、本作には我々が大好きな"本格ミステリ"がぎっしり詰まっているのです!
もちろん雰囲気だけじゃなく真相もなかなかのもの。犯人を名指しする決め手はあまりにもはっきり目の前にあったのに気づけない。トリックは漫画ならではのナンジャソリャな大胆さが楽しいです。そしてお話としての余韻も残り、読み終わって満足感しかない。
よくもまぁこんなまさしく「隠れた傑作」を発掘してきたものだと、有栖川氏の嗅覚にも畏敬の念を感じます。



ロバート・アーサー「五十一番目の密室」

タイトルは聞いたことがあるやーつ。
とある作家が「私の次回作は51作目の密室ものミステリで、そのトリックは全く前例のないものだ!」と豪語しといてからに本人が密室で殺されちゃって、作家仲間の語り手がそのトリックを知るべく事件の謎に挑むという、ちょっとおちゃらけた密室ミステリです。
作家が主役なだけあってか、作中には実在の作家たちも大勢顔を出します。ゆっても私はクイーンとカーくらいしか知らなかったけど、こういう内輪ネタの遊び心がサイコーですよね。
そして事件自体は凄惨な上に「類例のない密室トリック」が使われていることが初めから明かされているので楽しさしかない。
そのトリック自体は2019年現在ではもう「よくある密室トリックのパターン集」の中に収蔵されてしまっていますが、これが世界初だと思えばとても微笑ましい気持ちになりますね。よくもまぁこんなバカな発明をしたものだ......。
で、現在の観点からはむしろトリックよりユーモアたっぷりのストーリーの方が魅力的。
死んだ友達のトリックを盗もうと画策する主人公の作家としてのサガも笑えるし、ラストの犯人の正体とか動機は噴飯も......じゃなかった、爆笑もの。さらに「エラリー・クイーンのあとがき」の検証まで含めてひたすらに内輪のノリでやってるのが楽しい、ミステリファンという"内輪"の人間なら絶対楽しい一編です。



W・ハイデンフェルト「引き立て役倶楽部の不快な事件」

ワトソン博士をはじめ、偉大な名探偵たちの助手を務める引き立て役たちが一堂に会した、こちらも内輪ネタのミステリパロディ短編。
トリックはこれも見覚えがあるものの、それでもこの大胆さには笑うしかないですね。あと、このトリックと引き立て役倶楽部との関係にも笑いました。たしかに、引き立て役倶楽部じゃなきゃ成り立たないトリックですよねこれ。
そして、ストーリーの方もブラックユーモア満点。引き立て役たちの、そのキャラならではの迷推理がいちいち面白いです。そしてHow dunitのつもりが思いもよらぬWhoの驚きを見せてくれて爆笑。これはちょっと豪華すぎる......。



ビル・プロンジーニ「アローモント監獄の謎」

これもトリックものですが、今度は内輪ネタとかじゃなくシリアス。
とある刑務所で絞首刑に処された死刑囚が、衆人環視の中死刑台の奈落から一瞬にして姿を消した......という不可解な謎がステキなサスペンス・ミステリです。
凶悪犯が脱獄した可能性があることから、素早い解決が求められるハラハラ感。そして監獄だけに収まらない動きのある展開がサスペンスとしても本作を傑作たらしめています。
そしてトリックには完全にやられました。前の2編のように派手ではないだけに、リアリティに限りなく近いバカさが出ててめっちゃ好きです。「あれ、これ冷静に考えればバカトリック......だよねぇ?」という感じ。
また謎の提示自体もまるでマジックショーのように劇的。これはもうめちゃくちゃ傑作です。



余心樂「生死線上」
スイスに住む台湾人作家の作品。
有栖川有栖が台湾のミステリ雑誌でたまたま見つけて面白そうだからと知り合いの編集者のツテで翻訳してもらったという、レアもの中のレアもの。こういう、他では絶対読めない作品って、ミステリファンはそれだけで喜んじゃうんですよね。捻くれてるから。でも、もちろん内容も面白かったです。
まずスイス人の妻とスイスに暮らす台湾人の主人公という日本の小説では絶対に見かけないような設定が面白いです。
また、主人公と奥さんのパートナーシップの築き方もすごい素敵ですわ。
事件の方はガチガチの時刻表鉄道もの。その性質から真相の一部は最初から分かっているようなものですが、むしろ主人公がそこにたどり着くまでの道のりが面白いです。事件の真相の"手がかり"ではない部分の"伏線"が見事。その描写にまで意味があったの?っていう。
言葉で魅力を説明しきれないですが、なんとなく愛着の湧く作品でした。



上田廣「水の柱」

これも鉄道もの。
事件の起きた列車の車掌の投書からはじまり、車掌と刑事がそれぞれに調査をしていくというお話。
消えた愛人の謎、といういかにもノスタルジックなところがいいですね。女を探す過程のちょっとした旅情とか、そういう全体に古き良き推理小説という感じを満喫しました。
ネタに関しては北村薫の指摘の通りちょっと無理やり感が否めないところではありますが、ともあれ面白かったです。



海渡英祐「『わたくし』は犯人......」

「わたくし」が書いた推理小説のプロットと、現実の「わたくし」の身近で起きた殺人事件とが奇妙にリンクするお話。タイトルの通り「わたくし」が犯人らしい、しかし彼女にはアリバイが......。
著者のアリバイものを集めた短編集からのセレクトらしく、作品の後には著者のライナーノーツもついていてお得感があります。
トリックは正直「そこまでうまくいく?」と思っちゃいますがそれを言うのも野暮ですかね。トリッキーな構成とパズル的なトリックの楽しい佳編です。



ジョン・スラデック「見えざる手によって」

芸術家の元に届いた殺害予告。名探偵に憧れる哲学教授の主人公が警護に当たるが、彼の見張りにも関わらず、芸術家は密室内で殺されていた......。
ユーモラスな本格ミステリの王道。不可能性の強い事件の状況、どいつもこいつも怪しすぎる関係者たち、どほけた語り口に周到な伏線に驚きのトリックに小粋な結末(といっても文化の違いか訳のせいかいまいちピンと来なかったですが)と、こういうミステリのお手本みたいなもんでは。久しぶりにミステリ熱が疼きだした気さえしますよ!傑作。