偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

上田早夕里『魚舟・獣舟』読書感想文

普段ほとんどSFって読まないんですけど、これはなんだかあまりにもツイッターとかでの評判がよろしかったものですからつい買ってしまったのですが、たしかに面白かったです。

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

魚舟・獣舟 (光文社文庫)


本書は5編の短めの短編と、「小鳥の墓」という中編1本を収めた短編集?です。

短編の方は大半がアンソロジー異形コレクション』に収められた作品であり、SFであるとともにホラーの要素も色濃く、初出アンソロジーのテーマを知ってから読むとまたテーマへのアプローチの仕方とかも面白く読むことができました。
そして、そうしたSFホラー的な世界観でありながら、芯の部分は人間ドラマなあたりも、普段SF読まないマンにも読みやすかった一因かなと思います。

以下各話少しずつ感想を。





「魚舟・獣舟」

現代社会崩壊後の、陸の大半が水没して海ばっかになっちゃった世界のお話。

とにかく設定の面白さが凄まじいです。
未来の世界のハイテクと文明社会が崩壊した後の原始的な世界というのが混在してる世界観。
そして、魚舟・獣舟というモチーフは奇怪にして異形にして悲哀。進化SFともバイオホラーとも言える一方で文学的なメタファーのようにも取れるその存在感。こいつを考え出した時点で半分勝ちみたいなもので、こいつを人間ドラマに組み込んだ時点でほぼ勝ちで、さらにあのおぞましいオチに至って完全に圧勝、みたいな、短いのに強すぎる短編です。
いや、あの期に及んであんなオチなんてずるいっしょ......。





「くさびらの道」

西日本で菌類による死にいたる伝染病が蔓延。汚染された地区ではこの病による死者の幽霊が出ると噂される。両親と妹を失った主人公は、妹の婚約者とともに隔離地区にある実家を訪れ......というお話。


これが凄い!良い!良い......。
パンデミックなパニックホラーみたいな設定ではありながら、あくまで上のあらすじに書いたことしか起こりません。そのため、壮大さは皆無どころか"隔離地区"というのも彼らの心の内面の比喩であるようにすら見える、哲学的な物語です。
そのためホラーとしての主眼になるのも感染の恐怖ではなく、"幽霊"の存在。初出の異形コレクションのテーマが「心霊理論」ということもあって、幽霊に関する一つの論考のようにも読むことが出来ます。
また、終盤の展開とラスト一行は本作が何より痛切なラブストーリー......それは恋愛だけではなく広い意味での......であることを教えてくれます。
読後にタイトルを見返すとまた一層余韻の残る名作でした。





「饗応」

出張でいつものホテルに泊まった男が、その日案内された"別館"とは......?


こちらは星新一没後10年を記念するショートショート特集の『異形コレクション』に収録された作品。
無機質な日常から始まり、豪華な饗応を楽しんだ後には......と、短い中で二転三転していく物語が面白く、星新一っぽい味わいに、しかし本書のこれまでの短編たちにも通じるSFの形を借りた叙情も盛り込まれた贅沢な逸品でした。





「真朱の街」

人間と妖怪が共生する街"真朱街"。とある事情から連れていた五歳の少女を妖怪に攫われた邦雄は、"探し屋"の百目に捜索を依頼するが......。


異形コレクションのテーマは「未来妖怪」。
ここまでそのテーマにとても忠実に従っていた著者だけに、この短編も、妖怪と人間が"特区"で共生する未来世界という愚直なまでにそのままな設定から物語を広げていきます。
後に「妖怪探偵・百目」としてシリーズ化されるだけあって、ライトなキャラ文芸にハードボイルド味を加えたような作風。正直なところキャラを押し出してくる作品は苦手なので最初のうちこそノレなかったものの、この設定を使って人間存在の哀しみを描いたドラマ要素の濃さはもちろん本作にも共通していたので、結局は面白かったです。
さまざまな要素をここまで短い分量でまとめ上げてみせるプロの技の凄さは本書でも随一。





ブルーグラス

音を吸って成長する観賞用オブジェ"ブルーグラス"。かつての恋人と育てたブルーグラスを沈めた海が近いうちに立入禁止区域に指定されることを知った伸雄は、再びあの海に潜りに行き......。


これは異形コレクションではないやつ。
なので、ホラー要素は皆無。さらにはSF要素もモチーフとなる"ブルーグラス"くらいしかないという、ほぼほぼ普通の恋愛小説です。
SF短編集に対してこんなことを言うのもどうかと思いますが、個人的にはこれが一番分かりやすくて好きでした。なんせ、この話は完全に個人の感傷を描いたものなのでそりゃ分かりやすい。
よく男の恋愛はバックナンバーなんて言いますが、その通りですよね。
今もう一度どうこうなりたいとかじゃなくて、ただバックナンバーを読み返して懐かしい気持ちになるというだけの、それだけの話だからこそ、めちゃくちゃわかりみが強いです。
で、そんな過去の恋の想い出に絡んでくるのが「ブルーグラス」。本作で唯一のSF的設定であるところのブルーグラスの使い方には驚かされました。あまりに美しく、しかし残酷な、というかその美しさこそが残酷とでも言うべき名場面ですね。
しかし、主人公に今現在愛すべき人がいることで、全ては過去の甘い感傷として爽やかに終わるのも素敵です。
やっぱり、恋は特別で、愛は大切なのです。





「小鳥の墓」

女を殺して回る殺人鬼の男。彼は思春期の頃を回想する。教育実験都市・ダブルE区に住んでいた彼は、同級生の勝原とともにダブルE区の"壁"の外へ出て非行を繰り返していたが......。


さて、本書の半分ほどを占めるのがこの中編。
ディストピアSFな設定自体の面白さ。悪友と共に逸脱していくという青春小説の要素と、しかし主人公の達観した感じからはハードボイルド風味もあり、家族崩壊ドラマでもあり、善悪とか好奇心とかいう哲学的なテーマも含んだ、非常に盛りだくさんな内容。
ただ、主軸は「主人公がいかにして殺人鬼になったか」というところにあり、そこに至るまでの心理描写が最大の見所でしょう。
ここがしっかりしてるから、主人公が殺人鬼になることにもどこか共感めいた気持ちを抱いてしまうのが恐ろしいところ。
また、終盤ではミステリー的な意外性もあり、これはまぁ分かりやすいっちゃ分かりやすいものではありますが、しかし(主人公にとっては)まさに世界が反転するような衝撃でありまして、この辺の揺さぶり方も見事です。

正直なところ、個人的にはこの中編より前の方に収録されてたワンアイデアを短いページ数で鋭く見せた短編群の方が好きだったりしますが、しかし本作が読み応えでは当然に抜群。最後にこれが入ってることで本書全体の読後感としても壮大な(それでいて内省的でもある)ものになってると思います。

ともあれ、一冊通して良作傑作揃いの名短編集でした。このくらいのSFがちょうどいいや。