偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ONCE ダブリンの街角で(2007)


ダブリンで家電修理屋の父を手伝いながらストリートシンガーをして暮らす男はある日、彼の歌に惹かれたチェコ系移民の女に話しかけられる。ピアノ弾きの女は、男を馴染みの楽器店に誘い、そこで2人はセッションをする。2人は音楽を通じて心を通わせていくが......。


音楽映画の旗手ジョン・カーニー監督のブレイク前夜の作品。観るのは2回目です。

この後に手掛ける『はじまりのうた』『シング・ストリート』がポップでキャッチーなの対して、本作はインディーズ時代の荒削りな魅力にあふれた作品、とでも言いましょうか。
本作はかなり低予算みたいですが、それを逆手に取ってドキュメンタリーのようなタッチで撮られているのが素敵です。手持ちカメラで撮影されてること自体もですが、例えば冒頭の泥棒とのやり取りのくだりとかも凄くリアルにありそうで(いや日本ではこんな感じにはならないだろうけど、海外だとなんか日常光景としてありそうと思っちゃう)、あのシーンからもう主人公の男とこの街をとても身近に感じてしまいました。
あと主役の2人の会話のぎこちなさとか、最初女にガンガン声かけられた男が普通に戸惑ってる感じとかめっちゃ好き。映画ならここでイイカンジになるか、恋のフラグとして喧嘩するかのところを、普通に戸惑ってておもろい。

『ダブリンの街角で』という邦題の副題はパッと見ダサそうなんですが、観終わってみると内容にマッチしてるな、と。名も無き(本当に本作の主人公の男と女にはキャラ名が設定されていないんですね)市井の人である2人の人生が劇的ではなく淡々と描かれるところは「街角で」というワードがぴったりですよね。
ダブリンの街角でのたった一度の出会いは、側から見ればそんなにパッとしないし、そこから映画みたいな劇的な事件や恋も起こらないけど、それでも輝かしい瞬間や、心の揺らぎや、かけがえのない出会いがある......という。なんかそういう感じの映画好きですもんね私って......。

あと余白の作り方も上手くて、ストーリー自体はめちゃシンプルだし、悪い意味じゃなくあまり起伏がないものになっていて、2人とも饒舌ではなくセリフもわりと少なめな映画になってます。また、ドキュメンタリーのような撮り方なので回想シーンとかもなく、2人の過去もはっきりとは分からない。そんな中で、かれらが書く歌詞がセリフや回想シーンの代わりにちょうどいい塩梅(あくまで歌詞なので語りすぎることもなく)で2人の背景とか心情を伝えてくれます。歌のシーンがただMVのような良さを出してるのみならず、いわばモノローグ的な役割も担ってるんですね。
まぁそこはジョン・カーニー監督のことなので、もちろんただMV的に観ても素晴らしい。初めてギターとピアノで合わせて演奏する場面は、楽器屋の隅を借りてという貧乏くさいシチュエーションだからこそ、音楽の魔法性が際立ちます。あと女が夜歌いながら歩くシーンが良かった。

それからとにかく本作は大人な終わり方が良いよね。思わず「くぅ〜っ!おっとな〜っ!」って言っちゃいました。とあるシーンで女がチェコ語でなんか言うところがあるんですが、作中ではその意味が明かされず(まぁなんとなく分かるけど)気になって調べてみるとその意味がラストに効いてくるんだよねぇ。男も一回聞いただけの外国語の言葉を覚えていられないだろうから、この言葉を知ってるのは言った女本人と観客だけ......ってのがエモいよね〜。

まぁそんな感じで、監督の後の作品へと繋がる音楽という題材の使い方や「挑戦」というテーマが確立されていつつ、後の作品と比べると荒削りかつほろ苦さが強いところが本作にしかない魅力になっててやっぱ良いな〜と再確認しました。