フォロワーのサラかえで(さん)にお薦めしていただいた、海外の時間SF短編のアンソロジー。
テッド・チャン、プリースト、スタージョンあたりはかろうじて名前だけ聞いたことがあるものの読んだことのある作家は1人もいなかったので全編が新たな出会いで、とても楽しめました!またSF自体あんま読まないので、「時間SF」という切り口でこれだけ色んなバリエーションがあるんだというのも面白かったです。
サラさんあざす!
「商人と錬金術師の門」テッド・チャン
とある商人が教主に語る不思議な物語......という、アラビアンナイトを下敷きにした作品。
商人が出会ったのは、20年の時間を超えることが出来る門を作った店主。店主から聞いたいくつかの時間の門をくぐった者たちの物語が商人の口から語られていくという構成で、短編の中にさらに短い説話がいくつか入っていてそれぞれが面白くも考えさせられる贅沢な一編となっています。
語られるのは時の旅に成功した者の物語、あるいは失敗した者の物語、しかしいずれにせよ、過去や未来の自分に会うことはできても決定した過去や未来を変えることは出来ない......という、タイムトラベルSFにありがちな歴史改変の全否定がされているのが新鮮に感じました。
そして、過去や未来を変えることは出来ないけれど、それを深く知ることはできる......という格言めいたテーマがすっと自然に心に染み込んでくるような結末が見事。ある種説教めいた話をこれだけ説教臭くなく面白く胸を打つ物語として描く手腕に恐れ入りました。アンソロジー1編目から名作すぎるよ.....。
「限りなき夏」クリストファー・プリースト
恋人にプロポーズをしようという瞬間に時間凍結されてしまい、恋人より早く解凍して動かない恋人の解凍を待ち続ける男のお話。
正直凍結という概念があまり理解出来なくて釈然としないまま読み終えてしまった感があります。ただ、この時間に存在しない人たちが見えるという光景の幻想的な美しさと悲しさ、戦争という背景があることでより生と死が混ざり合うような感覚が強調されているのも良かったです。
ラストシーンもこの設定からすると特に捻りはなくストレートなものですがそれでも印象的だし好み。
「彼らの生涯の最愛の時」イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア
障害で1人の女しか愛さないと決めている童貞少年が60歳くらい年上の女性に恋をするも、当然彼女の方が先に死んでしまいます再会のためにタイムトラベルをする......というお話。
これめちゃくちゃ好きです!
愛する人に会うためにタイムトラベルを繰り返すという切なく美しい純愛ストーリー......でありつつ、マックドナルドが舞台だったり下ネタやしょーもないギャグがふんだんに詰め込まれていて俗っぽいところのギャップが最高。
彼女に再会できたと思ったらすぐに消えてしまうところも切ないはずなのに馬鹿馬鹿しい状況で笑えてしまう、でも全部読み終えるとやっぱり読後感は切ないのが良いよね。
「去りにし日々の光」ボブ・ショウ
とある夫婦が過去の風景を映し出すガラス窓を買いに行くお話。
冒頭から険悪な夫婦の会話ではじまり、ずっと喧嘩しているのでヒリヒリ感が凄いです。光を通す時間がめちゃ長いから過去の風景が時差で映し出されるガラス窓......という、ふつうならラブラブなカップルが買ってロマンチックな気分に浸りそうなものをそういう離婚寸前みたいな夫婦が買いに来ることのギャップが良い。
そしてそのガラスの名産地の町も鄙びた場所で、全体にどこか虚しい雰囲気が漂っているのがいたたまれなくも嫌いじゃない。
特に大きな事件も起きないままに進んでいき終わるんですが、その中で最後に提示される"真相"が静かに、しかし重くのしかかってきます。
時間SFとしての設定は過去を映すガラスだけなんだけど、それを使って人間ドラマとして時間の不可逆さを見せてくれるのが好きです。つらいけど。
「時の鳥」ジョージ・アレック・エフィンジャー
タイムトラベルが実用化された世界で、卒業旅行としてアレキサドリア図書館を訪れた青年のお話。
タイムトラベルをこういう風に描くのは新鮮な感じがします。マーライオン行ってみたら思ったよりショボいみたいな。
お約束の淡い恋にときめいていると冷や水を浴びせられるような真相......しかし不思議と嫌な後味ではなくあっけらかんとした終わり方なのも面白かったです。
「世界の終わりを見に行ったとき」ロバート・シルヴァーバーグ
前話と同じく、市民がタイムトラベルに行ける時代に、「世界の終わり」にトラベルしてきたと自慢する人々のお話。
まずは色んな世界の終わり体験談が読めるのが楽しい。
そして、じわじわと怖さが迫ってくる皮肉なオチが凄かった。2025現在の世界を見ても、もう世界の終わりのお話を面白がってる場合じゃないんじゃないかという気もする。しかし歴史上どんな酷いことがあっても残念ながら今の所世界はあるので、世界は終わらないままどんどん酷くなっていくんじゃないかという気もしてそれはそれで怖くなります。
「昨日は月曜日だった」シオドア・スタージョン
月曜日の夜寝た主人公が目覚めると水曜日だったお話。
SFといっても科学的な要素は一切ない、「少し不思議」の方のSFなんですが、それだけにSF初心者の私にもとっつきやすく面白かったです。
世界を舞台劇に見立て、その中を自分が俳優だと知らない主人公が彷徨うという不思議の国的な味わいが面白い。
主人公があまりものを深く考えないタチであるために普通ならもっと慌てそうなところを「とりあえず仕事が出来ればいい」みたいな余裕の態度なのが笑えて、不安を誘われるような内容なのにおかしみの方が強いくらいなのが独特の奇妙な読み味を出していて好きです。あっちの世界の人たちのキャラも濃くて面白かった。
そして行って帰ってくる感じの結末も不思議の国っぽくて良いですね。
「旅人の憩い」デイヴィッド・I・マッスン
戦場で一時解任されて田舎へ休暇をとりにいく主人公のお話......なんですが、緯度によって時間の流れる速度が変わるというとんでもない設定が面白く、ノーランの『インセプション』とか『ダンケルク』を連想しました。
最初のうちはとにかく濃密な戦闘描写とよく分からないまま時間の流れがおかしくなって主人公の名前さえ変わっていくのについていくのがやっとでめちゃくちゃ読みづらかったんですが、戦地を遠く離れて新しい人生を始めるあたりからは読みやすくなって私の読むスピードも変化していきました。
結末はもちろん予想通りではあるものの予想してたからこそのしんどさがあって重たい......。主人公の存在の不確かさというか、名もなき存在から長い束の間の名前を手にしたけどやがて......みたいな虚しさが胸に残ります。「敵」とはみたいな部分も別の意味で虚しさを感じさせますしね。
「いまひとたびの」H・ビーム・パイパー
第三次大戦での戦闘によって意識を失った40代の主人公が1945年8月5日、13歳だった時の自分の体に意識だけ残して戻ってしまうお話。
いかにもアメリカの少年時代といった空気感になぜかノスタルジーを感じる。主人公は中身おっさんだけどちょっとジュブナイルっぽさがあるのが面白いですね。
短編なので本筋は身近な出来事を解決するだけなんですが、めちゃくちゃ壮大な「俺たちの戦いはまだまだこれからだぜ!」的結末に至る、言ってしまえば能天気なまでのポジティブさが痛快で良かった。
第三次大戦を止めたいと願いつつヒロシマで明日起こることを自分だけが知っている状況を無邪気に面白がってるところも生々しくて好きです。
「12:01 PM」リチャード・A・ルポフ
タイムリープからのタイムループということで、とある日の12:01〜13:00までを延々と繰り返すことになってしまった世界でただ1人リセットの度に記憶を失わない男が主人公。
ループする時間が「1時間」というのが絶妙で、これより短いとあまりにも何も出来なくて展開しようがないし、もっと長いと逆に何かしら出来てしまいます。何か出来そうで出来ないこの無間地獄のような絶望を描き出すのにちょうどいい時間の長さが1時間、という感じで凄い。
1時間の範囲内で出来そうなことを模索しながらもどうしても時間が足りない......それに時間がいくらあったってこの現象に抜け道があるのかも分からない......という絶望的な状況に息苦しくなりました。ラストは綺麗なオチがないことで読者もこの1時間に取り残されたような強い不安感を与える終わり方なのも巧いと思います。
「しばし天の祝福より遠ざかり……」ソムトウ・スチャリトクル
こちらは700万年分もの間、スタート時点と同じ1日がループされることになってしまった世界のお話。こちらは主人公以外の人たちもループのことを知っていながらも1日のほとんどの時間は最初の1日と同じ行動を機械的に繰り返させられるから意識だけがあって意志を行動には移せない......というお話。
そんな中でも毎日2時間だけ解放される時間があり、その間に何か手を打てないか模索するんですが、その辺のSF的な設定の面白さもさることながら、そんな奇抜な設定を使って描かれるのがうだつの上がらない主人公の失恋と新しい恋への第一歩というアメリカのロマコメ映画の王道みたいなストーリーっていうギャップが面白かったです。こういう壮大さと卑近さのギャップのある作品は好き。そして、壮大すぎて短編の分量では全てを描ききれず、めっちゃ続きが気になる良いところで終わるのもニクいっすね。長編の序章のようでもあるけど、これを長編にするとダレるんだろうなという感じで、ちょうどいい切り取り方だなぁと唸らされました。
「夕方、はやく」イアン・ワトスン
時間ループモノが続いた流れのトリを務めるのはこれまでの作品の中でもいっとう奇抜な設定の本作。なんせ、現在を生きる人々がその意識のままで人類誕生から現代までの歴史を1日で追体験させられ、その人類史的1日が毎日ループするという、文章でまとめようとしても私の文章力では説明すらうまくできないとんでもなさ。
その状況の中で子供たちが「なんで夜まだ待てば現代社会になるのにこんな古代の仕事をしなきゃいけないの」とか文句言ってるとことかシュールで笑ってしまった。
「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」F・M・バズビイ
掉尾を飾る表題作は、わりと絶望的な話ばっかだったタイムループものの流れからちょっと色を変えたタイムシャッフルもので、人生のうちランダムに一定期間を過ごしたらまた別の期間へと飛んでしまう男の人生が描かれていきます。
青年から老人になったと思ったら赤ちゃんになって中年にみたいに時間をジャンプして、しかもそれが数ヶ月とかのスパンで起こるベンジャミンバトン以上に数奇な人生。肉体年齢と精神年齢(?)が異なるのが面白く、そのために起こるいくつかのエピソードが印象的だった。
そんな難儀な人生をかけて繰り広げられるラブロマンスが主眼なんですか、タイトルの「ジュディ」はそのヒロインではない(けど重要な役どころではある)のも良かった。
パズル的な楽しさや読者からすると異様な事態にへの手慣れた主人公の手際よい対応のある種の痛快さが読んでる間は楽しいんだけど、読み終わってみると乱反射する人生の中にある真っ直ぐな愛が胸に残る作品で、後味もよく最後にこれが入ってて良かったわ〜と思いました。
