偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

山田風太郎『虚像淫楽』感想

角川さんの山田風太郎賞ベストコレクションより、初期のミステリ作品を集めた短編集です。



「眼中の悪魔」
恋人が知人の男と結婚してしまった医者の主人公だったが、夫となった男は彼女が義兄とデキているのではないかと疑うようになり......。

"操り"モノの短編ですが、主人公が操りを仕掛ける黒幕であるらしいことは序盤から明示される倒叙みたいな話でもあります。
犯人は分かりきっていて、タイトルからとある事実も予想が付きやすくなっていますが、ある程度のことが分かった上でも恋のドロドロ三角関係から繰り広げられる非喜劇にはハラハラさせられるし、黒幕すら予想しなかった皮肉な結末は印象的。
こういう暗い恋愛ものが好きなだけかもしれんけど、めちゃくちゃ良かったです。



「虚像淫楽」
真夜中に病院に駆け込んできた少年。彼が連れてきた患者はこの病院の元看護婦で、昇汞を飲んで瀕死の状態だった。そして、患者の夫もまた自宅で昇汞による服毒自殺を遂げていて......。

これも真相の1番肝の部分がかなり見えやすくて、明かされても「お前いまさら気付いたんかい!」と思いますが、そんなことはどうでもよくなるくらい話が面白い。
元看護婦と夫、夫の弟である少年のドロドロした三角関係がサディスムス/マゾヒスムスとして描かれていて、表面的な出来事ではなく心理的というか観念的な謎解きになってます。
元看護婦の容態が悪化していくのとともに徐々に謎解きも進んでいって、最後の真相が明かされたところで......というのが印象的。
また、全てに説明が付いてからもその真意は永遠に謎のまま......という結末に至って「虚像淫楽」というタイトルの意味がじわじわと迫ってくるのが上手いです。



厨子家の悪霊」
雪の中で殺されていた厨子家の婦人。周囲には犯人のものと思われる往復の足跡しかなく、殺されてから運ばれてきたらしい。容疑者は、仮面の夫、狂人の長男、聖霊のような美しい長女、愛人の青年医ら。そして、現場には「厨子家の悪霊」と呼ばれる片眼の犬がいて......。

旧家の謎めいた住人たち、仮面の主人公、発狂した長男、美しい婦人の死と雪の上の足跡......と、いかにもミステリでございという感じの(てか横溝正史っぽい)作品。
短編の分量で二転三転に留まらない何転すんねん?みたいなどんでん返しの連続が圧巻。最初のうちは普通に事件の犯人がどうこうみたいな話なのがどんでん返しを繰り返すことでだんだん観念的になっていく様が異様な雰囲気をどんどん強めていきます。
一方で数字を使った細か〜い論理的推理も楽しく、どんでん返しとかの派手な部分を除いてもしっかりミステリとして面白いのが凄い。やっぱりこういう過剰な感じのミステリ好きだなぁと改めて思わされました。



「蠟人」
女に潔癖だが密かに初恋を忘れられないでいる男が骨が軟化する奇病の女性に出会い恋をするお話。

奇妙な信仰を持つ奇病の女と傴僂の兄。変態的な情事と奇怪な死体。現代ではいろんな意味でアウトな感じのお話ですが、戦前の怪奇探偵小説の雰囲気と、後の山風忍法帖のようななんちゃってな科学的説明のある異能(奇病)が組み合わされたインパクトの強いお話。
どこから話を作ってるのかわからんくらい色んな奇抜なアイデアがてんこ盛りでありつつ、読み終わってみれば1人の男のエゴが巻き起こす悲劇という筋が一本通っていて散らかった感じもしないのが凄い。



「黒衣の聖母」
戦争中に亡くなった初恋の人を忘れられないでいる男が戦後混乱した街で聖母のような娼婦に出会い逢瀬を重ねるお話。

貧しく荒れ果てた戦後の街で聖母のような娼婦に出会うシーンが幻想的でそこだけでお腹いっぱいなくらい。
二つの顔を持つミステリアスな女の魅力に読んでるこっちもぶちのめされてしまいのめり込んでるとこに来てのあの結末がまた凄絶です。ミステリとしては別に新鮮味はないんだけど、それをこの物語の中でやることで分かっていても衝撃的になってんのが凄い。短いけどなかなか忘れられないインパクトのある傑作です。



「恋罪」
かつての恋人が今は結婚し夫からの虐待を受けていることを知った男。しかし、その夫が殺害され、彼女が容疑者になってしまったので推理の力でなんとかしてくれ......という手紙が山田風太郎の元に届くお話。

風太郎本人は出てこないけど、旧友の主人公が風太郎に手紙を出すという体でめちゃくちゃディスってくる自虐ネタに笑いました。
そういうわけで何通かの手紙から成る全編書簡体のミステリ。おふざけのようでいて、もちろん書簡体であることにも意味があり、二転三転する展開やパターン化しておいてそれを崩す細かい裏切りなども面白い、ミステリとしての遊び心に満ちています。
また、そうした構成の上手さとは別に、物理トリックだけ取ってみても面白く、ラストで明かされる犯人の姿も皮肉な滑稽さがあり、見どころが盛りだくさんの傑作です。



「死者の呼び声」
バイト先の社長に結婚を申し込まれた女性の元に、社長の過去に関する手紙が届くお話。

「探偵小説でない序章」からはじまり、作中の手紙の物語の中にまた手紙が出てきて......という複雑な入れ子構造をこの短さでやっているのが凄い。
そしてその内容は、なんつーかどんでん返しの連続自体を茶化すような感じでもあり、しかし反転が繰り返されることで運命的な悲劇を演出してるようでもあって印象的です。
そして、ドロドロしすぎな作中の手紙のパートに比べて現在のパートが意外とあっけらかんと終わるギャップがまた良い。(ネタバレ→)「実は私恋人いるんで」の破壊力よね(笑)。 



「さようなら」
ペストにかかった鼠の死骸が発見されて騒然となった東京のとある街を、引退間際の2人の刑事が訪れ......。

コロナ禍の令和にこそ読みたいペストを扱った作品......かと思っていたら、ペストはあんま関係なくて思わぬ展開になっていくのに驚かされます。
戦争によって人生を狂わされた人々が何かに操られるようにして集い運命的な結末を迎えるあたりは山田正紀の作品を思わせるところがあり、風太郎リスペクトで知られる山田正紀は特に本作からかなり影響を受けてるのかもしれん......と思いました。



「黄色い下宿人」
シャーロック・ホームズが依頼されたのはなんてことのない男の失踪事件だった。失踪した男の家の下宿人である日本人の言動には怪しげなところがあり......。

最後だけ毛色が変わってホームズパスティーシュもの。
原典をほとんど知らないので全然ピンと来なかったのが残念ですが、ホームズシリーズの中で「名前は出てくるけど語られていない事件」を扱っているらしいです。事件の真相そのものもまぁ面白いんですけど普通っちゃ普通で。それよりも別のところから来るとある仕掛けが凄い......んだと思うけど、これも今の読者からすると最初っから分かっちゃうものだと思うので、あんまり上手く面白がれなかった感じがあります。