偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

岡田鯱彦『岡田鯱彦名作選』感想

河出の本格ミステリコレクションより。


著者の岡田鯱彦は国文学の教授でもあったらしく、その知識を活かした平安時代が舞台の長編『薫大将と匂宮』(未読)が代表作の戦後活躍した作家だそうです。
筆名の鯱というのは名古屋城金鯱からとっているそうで、名古屋県民としては親近感が湧きますね。

作風としては、本書収録の短編だけで言うと、まずほとんどの話が恋バナだったので青春が終わって枯れたおじさんとしては嬉しかったです。それも結構がっつり恋愛描写や恋愛観語りがあって、著者は相当なロマンチストかつ青春ゾンビなんだろうなという印象を受けてしまいます。今読むと女性の描写がmale fantasy風だったりはしますが、冴えない童貞の恋の葛藤にはかなり共感しちゃいます。
ミステリとしては、技巧的というか人工的というか、作り込まれた構成と伏線の量で勝負するような作品が一面。
もう一面は変格ミステリ的な、登場人物同士が物語を語り騙り合うような、まぁこれも人工的ですがそういう作品群。
そして、ミステリ要素がオマケ程度の青春小説寄りの作品もあり、今読むと結末は分かりやすいものが多いですがどれも好みの作風で楽しめました。

あと、主人公の名前が、そのまま「岡田鯱彦」だったり、岡田をもじって尾形とか剛田とかだったりするのも人工的な探偵小説らしくて好きです。ヒロインの名前もほとんど全員似てるし何件か被ってるので絶対これ作者の初恋の人やろみたいな邪推をしてしまいます。

まぁそんなことはどうでもよくて、面白かったです。以下各話感想。


「噴火口上の殺人」

平凡な大学生の語り手の視点から、高校時代の仲良し5人組の中でのスポーツ万能系イケメンと小説家イケメンとの決闘とその果てに起きた事件の顛末が語られるお話。

舞台は太平洋戦争のちょっと前の時期なんですが、同じ寮に暮らす高校生たちのノリがすげえ今読むと逆に新鮮でそんだけで面白いっす。
アブノーマルだから「阿武」ってあだ名の影山くんとか、センスが凄い。知的な会話に砕身しつつ美人な友達の妹を巡って恋のバトルとかね。主人公が女々しい奥手の腐れ童貞で「いやいやなんでそうなるの!」っていう恋の下手さに突っ込みつつ共感しちゃってきゅんきゅんしました。
ただミステリとしては特に見るべきところもない......というかプロローグの時点で想像される結末そのまんまで意外性は皆無だったので情けない男の青春恋愛小説として読むのがベターな気がします。



「妖鬼の呪言」

著者のデビュー作らしいです。
これも冴えない学生の男が語り手で、教授の家にお世話になっていつつ若くてエロい教授の奥さんに横恋慕しては手酷く振られて臍曲げて友達のところに逃げたら友達の妹に「お告」の能力があって奥さんの死を予言して......というお話。

お告によるサスペンスで引っ張りつつアリバイを主軸に推理を進めていく本格もので、ミステリとしての小技がこれでもかと詰め込まれています。(ネタバレ→)完全に信頼できない語り手だけど、この時代はこれが新鮮だったのかなぁなどと思ってたら作者の罠に見事に引っかかってしまって悔しい。
ただ、童貞の恋愛観、お告の少女、殺人事件の真相という諸要素がちょっとまとまりが弱いというか、特にお告の少女は別にいてもいなくてもそんな変わらないように思えてしまったのが残念。植森茉莉という名前だったのでどうしても森茉莉だと思って読んでしまったのもいけないのかもしれない。



「四月馬鹿の悲劇」

エイプリルフールの日にとある温泉宿に泊まった学生グループ。そこでたまたま出会って老紳士と歳の離れた美しい娘、そして獺のような老人の3人を加え、嘘にまつわる物語を披露し合うことになり......。

作中にも言及のある通り、江戸川乱歩の「赤い部屋」や「二廃人」、その他戦前戦後の怪奇探偵小説ではお馴染みの座談会モノ(?)。
エイプリルフールという魅力的な題材の通りに二転三転する展開でサービス精神満点。ただ展開が綺麗すぎてちょっとずつ先が読めてしまうのはあるかなぁ。とはいえ逆に言えば期待通りのこと全部やってくれるわけで、贅沢!
人工的に作り込まれた変格ミステリの愉しさが存分に味わえる傑作です。



「真実追求家」

欺瞞が許せず常に真実を追求せずにはいられないという性壁を持った男の半生と自ら死を選ぶに至った顛末を描いたお話。

冒頭で遺書であることが示され、なぜ死ぬことになったのかという引きを作った上で、幼少期からの「真実追求家」たるエピソードが語られていきます。
この一つ一つのエピソードがとにかく面白く、最初はなんとなく気持ちは分かる感じから、だんだんエスカレートしていくのがスリリング。
終盤にはミステリらしいアイデアも盛り込まれていますが、これを単に短い短編にせず、物語の方を膨らませて中編に近いボリュームでじっくり読ませるのが良いですね。
個人的には、尊敬していたけど幻滅したN-博士のくだりが、私が好きだったミュージシャンのファン辞めた件と重なってなんか凄く感情移入してしまいました。



「死の湖畔」

湖畔の旅館に泊まりに来たアベック。男がプロポーズするかと思いきや、彼はかつて犯した罪を女に告白し始めて......。

ここからの3編は箸休め的な短さの短編。
初心な恋人たちが可愛くて、ふたりの恋はどうなっちまうんだ......!?というハラハラで読ませます。
まぁ最後こうなるのは予想は付いてたけど、「お約束」の楽しさですよね。



「巧弁」

自分を脅したりして金をむしり取ろうとする人間に対して巧みな弁舌で値切ることを愉悦とする変態金持ち社長が今日もかつてクビにした男に捕まって......と言うお話。

人に聞かれないように湖の中心でボートに2人きりで話が展開するソリッドなシチュエーションが好みです。
主人公の社長がちょっと嫌な感じなのでまぁ最悪どうなっても別にいいやという気楽さはありつつも、しかしどこまで話が通じるのか分からない相手に命を握られるシチュエーションはやっぱハラハラしますね。
オチは意外と言うよりは皮肉な感じで、本書の中でも珍しい後味で面白かったです。



「地獄から来た女」

かつて殺したはずの女にバスで出会った男。彼女は一命を取り留めていたが記憶を失ったと言う。記憶が戻る前に再び彼女を始末しようとする男だったが......。

この主人公はモロに最低のクズで、そんなクズ視点で女を殺そうとするのを読まされるのがスリリングで面白い。
結末はやはり分かりやすいし、結末ありきというか、そんなうまくいく?みたいなツッコミどころはありますが、まぁうまくいったラストはやっぱ爽快ではあって後味は良かったです。



「死者は語るか」

新婚旅行から帰ってきた姉がそのまま体調を崩して亡くなった。弟はその死に不審を抱き、素人探偵として有名な大学の恩師に相談を持ちかける......。

ここから再び長めの短編。
殺人としたらどうやって殺したのかがわからない不可能状況でありながら、心証的にはぜってえ殺人だろっていうもどかしさから始まり、どいつもこいつもそれなりに怪しい容疑者たちを洗っていく、かなり本格寄りの作品。
殺人トリック自体はまぁショボいですが、それを示す伏線と、そこから1発で犯人が指名される爽快感は凄い。
そしてダイイングメッセージの使い方も面白かったです。
他の作品に比べて恋愛描写が爛れているのには笑いました。佐久良さんはなんやねん。



「石を投げる男」

初恋の思い出の地を訪れた在原は、そこで偶然にもその初恋の彼女に再会する。彼女が望まない結婚を控えていることを知る在原だったが、その晩、婚約者の男が頭に石をぶつけられて殺されているのが見つかり......。

死んでも誰も悲しまないような男が殺されて、関係者は全員怪しく、ご丁寧に読者への挑戦まで挟まれた本格フーダニット。
大量の伏線を拾い上げていけばただ1人犯人が浮かび上がりますが、私はもちろんわからんかった!悔しい。
しかし本書の他の作品はほぼ勘で犯人や結末が判りましたがこれは分からんかったですね。やっぱ分かったつもりになっても理詰めじゃなくて勘でしかないんだよなぁ。
解決編では伏線が全部どのページにあったか示されてくどい気もするけどいかにも犯人当てって感じで良いのかも。



「情炎」

枯れた老教授と若く艶っぽい後妻。後妻は元書生の男と不倫ランデヴーをし、教授の娘は2人の罪を暴くべく書生の部屋を調べる。そしてその夜、書生は毒殺され、さらに殺しが相次いで......。

これも読者への挑戦こそないものの本格味の強い一編。
刑事が美少女にやたら肩入れするのが笑えます。
やはり怪しいやつばっかりの中で右往左往させられる捜査の過程自体が楽しく、事件もいくつか起きるのでテンポも良く、解決編もなかなか派手さがあってスリリングでもあり面白かったです。
また犯人がかなりのサイコ野郎なのも面白かった。