『夢十夜』だけは高校生の頃に読んでいて、前からちょっと再読したいと思いつつも機会がなかったんですが、この度ヨルシカのアルバム『幻燈』とのコラボカバーになっていたのでヨルシカにわかファンとしては「いつ再読するの?今でしょ!」と思って買ってきました。
本書は漱石による随筆と小説のあわいにあるような短いお話を集めた作品集。
といっても随筆よりのものから小説寄りのものまでグラデーションがあって、バラエティ豊かな内容で目当ての「夢十夜」以外もそれぞれ楽しめました。
漱石の作品はほとんど『こころ』しか読んだことがないようなもの(他にも高校の頃とかに何か読みかけて挫折した記憶はある)なので、こういうのも書くんだと意外に思いました。
以下各話感想。
「文鳥」
鈴木三重吉の押し売りにより文鳥を飼うことになった漱石先生の日々が語られる随筆とも小説ともつかぬ小品。
序盤はけっこうユーモラスな語り口で、中盤にかけては鳥に昔の女を重ねることでただの鳥飼育記ならぬロマンチシズムを醸し出し、結末の冒頭との落差が強く印象に残ります。鳥を飼うだけの短いお話の中でこれだけ展開させるのが凄え。
ラストに関しては今読むとだいぶパワハラくさくて正直引くけど、そういう態度の裏に罪悪感とかも滲み出ているように感じて上手いなぁと思う。
世の中には満足しながら不幸に陥って行く者が沢山ある
という言葉が印象的でした。
「夢十夜」
漱石が見た夢を記した十の掌編連作......と言われていますが、こんな面白え夢なんか見るかよ!!と思っちゃう。いや、優れたアーティストはこういう美しい夢を見るものなのか!?私なんか歯が抜けたりトイレが見つからなかったりする夢しか見ねえぞ......。
・第一夜
高校時代とかに英語の授業中に電子辞書でこっそり「夢十夜」を読んだ記憶がありますが、その頃からこの第一夜がやっぱりいっとう好きでした。むしろ今回再読するまでこれしか内容を覚えてなかったくらい、初っ端からインパクト抜群。
とりあえず冒頭で死にゆく女のやたらと確信を持って「私死ぬわ」とか言ってる様が奇妙で、そこからしてなにか運命的なものにこのお話が支配されているような感覚になりました。
後半では湿った土の匂いや花の匂い、手の暖かみなどの感覚的な描写が多用されながらも昼と夜の繰り返しや星の破片、最後の暁の星の描写などは非常に映像的で、まるで4DXの映画を観ているような臨場感があります(クソみたいな比喩ですんません)。
ラスト1行の印象がまた鮮烈で、一字一句暗記してはいなかったもののだいたいこんな風だったなってのはやはりちゃんと覚えていました。
昼と夜の過ぎゆく速さ、寝食せず100年待ち続けるという奇妙な時間感覚がめちゃくちゃ夢っぽくて好き。
・第二夜
悟りたい侍が煽ってくる坊さんをめっちゃディスるというコメディ。
坊主憎けりゃみたいな感じでついには線香にまで「何だ線香の癖に」とキレ散らかすところには抱腹絶倒しました🤣
しかし悟りたいのに悟れなくて焦る様は真に迫っていて、しかも悟りなんて焦れば焦るほど無理ですからどんどんどうしようもなくなっていってしまう感じがつらい......。このどうしようもなさが凄く夢っぽいのと同時に私も今小説を書きたいと思いながらも全然書けなくて無駄に焦っているのでなんとも身につまされました😭。
これも終わり方が良いですよね。
・第三夜
子供を背に負って歩いて行くんだけどその子供がヤベえっていう怪談。
暗くてジメジメした肌感覚が伝わってくる文章がすごかった。あと子供の口調がただただ怖い。
第一夜と同じく100年という時間の経過が描かれますが、100年後の女との再会と、100年前に殺した男ということで綺麗に対比になっています。また第一夜では星や(上に向かって伸びる)花といった上向きの力がモチーフなのに対し、こちらは雨や背に負うモノの重さといった下向きの力が印象的。読後感も儚くも美しい第一夜と奈落の底へ落とされるようなこちらとでは対照的です。
・第四夜
つやつやした顔の爺さんの存在が不気味かつ滑稽で、前半での神さんとの問答とかはなんか笑っちゃうんだけど、川へ向かって行くところからだんだん怖くなってきます。柳、蛇、子供、川などあの世とこの世のあわいにあるようなモチーフが多用されていて、爺さん自身があっちの世界から来てまた帰っていった使者的なもののように見えます。
笛を吹きながら子供を引き連れて川へ入って行くあたりは「ハーメルンの笛吹き」を連想しました。そういう元ネタがありそうな感じと、だけど元ネタとはだいぶ変わってて奇妙としか言えない話になっているところが夢っぽいな。
・第五夜
ここまでの話たちもそれぞれ死を思わせるところがありましたがこれは戦が舞台でさらに死の気配......というか死そのものの存在が身近にある感じがしてヒリヒリします。天探女(あまのじゃく)とはなんぞやと思って調べたら『古事記』に登場する人の心を読み取れる女神のこと、そこから派生して心を読んでいたずらを仕掛ける小鬼のこと、らしいです。
教養がないのであんま神話と繋げて考察とか出来ないんですけど、この話自体も神代に近い頃のことと書かれていたり、馬が白かったりするあたりにも神話的な雰囲気があって好きです。女が呼ばなくても来るところも神がかった感じがして面白い。
・第六夜
前半5話は死の匂いが濃厚でしたが、これはそんな感じは一切なく、創ることがテーマっぽいお話。
明治時代に運慶が仁王を彫ってるという出だしからしておもろい。運慶を見てた語り手が影響を受けて家に帰って彫刻をはじめるところもおもろい。
作中に出てくる見物人は無教養な労働者たちでやや馬鹿にしたように描かれていて鼻につきますが、私も無教養なので本作の意味は全然分からんかった🤦
しかし周りの無教養な観衆との断絶と、運慶のように彫ろうと思ってもああはならないという断絶によって奇妙な孤立感があるのが良かった。ラストは懐古厨的に「イマドキの軽薄な文化はあかんわ、やっぱ運慶が至高」みたいなことなのか?学のある人の解説を読みたい。
・第七夜
異人ばかりが乗る大きな船で西へ向かいながら「こんな船に乗るくらいなら死にてえ!」とか言ってるお話。前の話も近代の文化への批判のように読めましたが、これはより直接的にそんな感じがします。
黒い煙を吐くでけえ船という禍々しいものに乗せられ、自分の力ではどうすることも出来ない感覚が時代の流れという大きな動きに流される様を表しているような気がして、その感覚は今のこのクソみたいな時代を変えられない私にも刺さるものがあります。一方で最後にはどこに向かうか分からない船でも乗っていた方が良かったという述懐もあるところも凄い。
・第八夜
これが1番よく分からなかったんだけど、よく分からないということはまぁ1番夢っぽいってことでもある気がします。それこそ他人が見たよく分からない夢の話を聞くのがけっこう好きなので、これも面白かったです。
あくまで床屋に行って座って髪切ってもらいながら窓の外で起こることを鏡越しに見ているというだけのお話で、それらしい「解釈」を加えようとしなければ分からないことなど何もない単純な話ではあって、色んな人が鏡の中を過ぎゆく様そのものがなんとなくただ面白かった。
化粧をしていない芸者、音だけしか聞こえない餅搗き、終わることのない札勘、動かない金魚売など、どこか正常からはみ出したような世界が描かれるのが白昼夢的な不気味さを出していて好きです。
・第九夜
ラス2のここにきてこれまでのお話とは違って夢らしい奇妙さがなくめちゃくちゃ現実的な悲しいお話。強いて言えば子供が主人公なんだけど三人称で俯瞰的に描かれている視点が夢らしい奇妙さを感じさせます。戦争の話で言うと第五夜もそうなんだけど、あちらは神代のことでそれだけでファンタジックな雰囲気がありましたからね。現実的な話だけにディテールの細かさが一層生々しくて、そこからの突き放すような最後の2行が強烈でした。
・第十夜
最後にして1番ぶっ飛んでる気がする😅
第八夜にパナマ帽かぶって女連れて一瞬出てきた庄太郎さんが主人公のスピンオフ的なお話(?)で、ちょうどその女と歩いて行くところから始まります。第八夜では「女連れて歩いてる」みたいな感じだったのが実は「女に攫われた」だったというズラしも面白すぎる😆
そもそもこの庄太郎のキャラが良くて、軽薄な暇人なんだけどなんか憎めない感じが良い味出しすぎています。
前半そんな庄太郎のキャラの面白さで読ませたと思いきや後半いきなり豚を叩きまくるというわけわからん展開になるし、豚を叩く場面はなんかめちゃくちゃゲームっぽくてインベーダーとかを予言した書なのか!?とか思っちゃいましたが、そこからさらにあのめちゃくちゃなラストへと、とにかく捉えどころのないヘンな展開が続くのが最高に面白い。健さん......っ!
往来を行く女性やみずみずしい果物など美しいものを眺めるのが好きな庄太郎が豚の大群に襲われるというところに遊んで暮らしてばかりはいられねえみたいな感じがある気がしなくもない。てか「あんまり女を見るのは善くないよ」という真っ当すぎるツッコミに笑うわ。
「永日小品」
夢十夜についてが長くなってしまったのでここからは手短に💦
この永日小品も夢十夜同様短いお話がたくさん入っているんですが、内容は日記に近いものやドイツでの体験を描いたものから夢の話や怪談めいたもの、笑える小話みたいなのまでバラエティ豊かで面白かったです。
特に印象的だったのは、夢十夜にも近い味わいの怪談「蛇」、青年との交流が切ない「山鳥」、ジョークみたいな異色作「モナリサ」、幻想的な描写......かと思わせて可愛いオチのある「行列」、切ない怪談「声」、キャラクター的な魅力が楽しめる「金」「クレイグ先生」あたり。
「思い出す事など」
難病で生死の境を彷徨った時期のことを回想して書くエッセイ集みたいな作品。
一話4ページくらいで読みやすく、細密な病苦の描写がつらいとともに、病床にあってもどこかユーモアがあるのがカッコよく、自分の死後のことを想像してそれが見られないのが残念だと語るところなんかめちゃくちゃに共感も出来る良いエッセイでした。自分も死ぬ前とかに読み返したい。
「変な音」
「思い出すことなど」に連なる入院中に遭った怪異を描いた怪談......のような出だしから、胸が苦しくなるような結末まで、この短さでこんだけ飛躍するのが凄え。
「手紙」
親戚か何かの青年が婚約者がありながら女遊びをしている......という、どういう気持ちで読めば良いのか分からんお話で、最後まで読んで、はぁ、どういう気持ちになれば良いのか分からんわ......と思わされる、変っちゃ変な話。
あたりまえすぎるふだんの重吉と、色男として別に通用する特製の重吉との矛盾がすこぶるこっけいに見えた。したがって自分はどっちの感じで重吉に対してよいかわからなかった
というところが面白かった。