偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

三津田信三『魔偶の如き齎すもの』感想

戦後すぐぐらいの時期の若き刀城言耶の活躍を描いたシリーズ第3短編集。


とりあえず作中年代が古いので私の推しの祖父江偲さんがあんまり出てこなくて寂しいです。でも出てくる話もあるので嬉しいです。祖父江偲さんかわいい。
内容は各話とも普通に面白いんだけど、刀城言耶シリーズの長編の期待値に比べるとこんなもんかという気もしてしまう......のはもう長編が面白すぎるせいなのでしょうがない。
さらっと三津田ワールドの雰囲気とバカミスに近いような奇抜なトリックとが味わえる楽しい一冊でした。



「妖服の如き切るもの」

とある町のとある坂の上と下に不仲の兄弟の家がそれぞれある。彼らはお互いに自分の息子よりも甥の方が見込みがあると思い、息子を交換するような形で甥と暮らしていた。

......という設定がいきなりちょっとややこしいですが、そこから双方の父親が殺されることで浮かび上がる「不可能な交換殺人」という謎が面白いです。
短い中でも仮説として色んなトリックが出てくるいつもの1人多重推理も楽しく、その果てにある真相もシンプルながら盲点でやられました。
怪異の方も戦後すぐの住宅街に佇む中身のない服......妖服というイメージの幻想味がとても良かったです。ただ、ミステリ部分との融合という点ではあんまりかなぁ。事件の方は怪異がなくても全然成立しちゃう話だし、怪異は怪異で一つの怪談短編になりそうで、2つの短編を無理やりくっつけた感じが否めないです。とはいえどっちも面白いから良いんですけど!



「巫死の如き蘇るもの」

とある集落の名家の息子が、集落内に自給自足の村を作った。若者の共産主義ごっこと思って寛容だった父親だが、やがて村は閉ざされて宗教的な色を帯び始め......。

短編にはもったいないくらいの設定の作り込みが素敵です。教祖的な立ち位置の男と6人の女たちの閉ざされた世界。不穏な雰囲気の漂う中での男の消失という奇妙な事件......。
真相はまぁベタなものだし、扱いにそんなに新味があるわけでもないですが、さすがに雰囲気の作り方が上手いのでちゃんと驚かされました。



「獣家の如き吸うもの」

とある山奥に建つ、シャム双子のような獣や仏の像が飾られた「獣家」。
獣家にまつわる3つの怪談には、同じ家のはずなのにとある矛盾があり......。

数えたわけじゃないけど全体の半分くらいは獣家にまつわる3つの怪談で占められていて、ミステリ色の強い本書の中で最もホラー寄りなお話。やっぱり三津田さんの山の怪談は面白い!
とはいえ、ミステリとしても奇怪な謎がシンプルに解かれる様は爽快。どっちの味も楽しめる贅沢な一編です。



「魔偶の如き齎すもの」

持ち主に幸いと禍いを共に齎すとされる「魔偶」。所有者の屋敷を訪れた刀城言耶たちだったがそこには何人かの先客が。そして、魔偶が保管されている"卍堂"で殺人未遂事件が起こり......。

ようやく祖父江偲さんの登場。しかも、本作は刀城言耶と祖父江偲さんの初対面の馴れ初めエピソードで、シリーズファンとしてはニヤニヤせずにはいられません。祖父江偲さん可愛いよ!
それは置いといて、ミステリとしても、ちょっと長めとはいえ短編の分量の中でいつもの多重解決を贅沢に盛り込んでいて読み応え抜群。色んな可能性を除外しつつ最後に至った真相もなかなか意外なもので、なんとなく怪しさは感じていたものの気づけなかったのが悔しい!
と、シリーズ的にもミステリ的にも本書で一番面白かったと思うのですが、そもそもの魔偶や卍堂の設定にあまりついていけなかったのだけが残念。



「椅人の如き座るもの」

以前『ついてくるもの』という怪談短編集にボーナストラックとして収録された短編ですが、刀城言耶シリーズの短編集にも入れときましょうってことかしら。個人的にはシリーズ作品が一編だけよそに入ってるのは気持ち悪かったのでスッキリしました!

人間を模した家具を作る職人の工房で男が消えるというお話。
"椅人"をはじめ"机人"とか"箪人"とかいう人間家具がいっぱい出てくる猟奇趣味がとても素敵です。
ミステリとしては、まぁそうだろうとは思ってたよという感じですが、ボーナストラック的なお話なので雰囲気だけでも満足。
ただ、祖父江偲さんは可愛いんだけど、クロさんが絡むとマジで鬱陶しいのでこいつはさっさとレギュラーキャラをクビになってほしい。