偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『もしもお前が振り向いたら 後ろ姿の聖像』

トクマの特選笹沢左保第9弾。


元歌手の女が工場の駐車場で絞殺される。8年前に彼女の証言によって殺人罪で逮捕されていた沖という作詞家の男が、事件の数日前に出所していた。かつて沖を逮捕した刑事は沖を怪しむが、沖は事件当日福岡にいたというアリバイを主張し......。


本作は珍しく男の刑事2人がバディを組んで捜査していく話で、この2人が凄え良いんすよね。
試験に興味がなく現場一筋の階級は低いベテラン刑事と、彼より階級は上だけど経験の少ない若手インテリ刑事。
インテリはベテランに敬意を抱くが、ベテランの方は肩書だけの若造めとちょっと軽視してて、凸凹な2人のやり取りがいちいち面白くてにやけてしまいます。そして2人の関係がだんだんと変化していくのも定番ながらエモい。あとインテリ刑事の方が当選してるかもしれない宝くじを紛失してそのことばかり気に病んでるのも笑えます。
そんな感じで男同士のバディなので、恒例のセックスシーンも今作はほぼなくて新鮮でした。

序盤はそんな2人が沖という男のアリバイを崩そうとするんですが、これがいとも簡単に崩せちゃうんですよね。でもそれによって「なんですぐバレる嘘を?」「この後どう展開するの?」という謎が生まれて中盤以降への強烈な引きとなるのが巧いです。もうこの時点で笹沢左保の掌の上。
中盤以降は関係者の範囲を拡大しながら再捜査が行われ、意外な展開もあって地味な話ながらダレることなく面白いです。
真相はというと派手なトリックとかはないんですが、複雑な人間関係と事件の構図の全貌に意外性があり驚かされました。
そしてその真相から沖という男の哀しみが滲み出てくるのはさすが。
......なんですが、そんな男の悲しみの裏で、酷い人間のように見える女の方にもちゃんと共感できるように描かれているのが凄いし印象的。
男女コンビがセックスしながら謎解きするっていういつものやつではなかつたものの、結局は男と女の価値観の違いの悲哀がテーマになってくるのが期待を裏切らなくて良いっすね。

以下少しだけネタバレで。


































序盤からずっとアリバイ崩しモノだと思わせておいて、実は別にアリバイのない意外な人物が犯人だったというズラしにはやられました。

沖の哀しすぎる純愛が胸を打つ一方で、それに巻き込まれて好きでもない沖と無理やり結ばれそうになったマリが大樹という男に惹かれて人生を捧げようとする気持ちも分かるというか......。マリさんからしたら沖のことなんか「知らんがな」ですからね。自分は姉じゃなくて自分なんだという彼女の強さがカッコいい。んだけどやっぱ私も男なので沖さん可哀想にはなっちゃうよね......つらい。
宝くじが最後に虚ろな余韻を残していくのがまた巧いです。