偽物の映画館

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又吉直樹『火花』感想

著名な芸人が初小説で芥川賞受賞ってことで言わずと知れた話題作。出た当時は流行りすぎててなんか嫌だったので(天邪鬼)、今更読みました。

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)


売れない芸人の徳永は、花火大会の夜に奇抜にして人情味溢れる先輩芸人の神谷と出会う。
神谷に弟子入りを志願すると、「俺の伝記を書け」という条件付きで受け入れられ......。


よかったです。

少なくとも、読んでる間、作者の顔を一度も思い浮かべることなく、読み終えてから「あ、そういえば又吉が書いてたんだわ」と思い出すくらいに、作者の経歴への贔屓目なしで面白かったです。


舞台は現代なんだけど、どこか明治から昭和初期のいわゆる文豪と呼ばれる作家の小説みたいな雰囲気があって、男2人の師弟関係の世界ってとこなんかはやっぱり『こころ』を思い出しちゃいます。
冒頭の花火大会の描写からもう引き込まれます。
ビールのコンテナをひっくり返して作った舞台とか、なにげない風景のディテールにリアリティがあって、自分がまさに主人公の徳永としてその場に立っているような臨場感がある映像的な文章が綺麗。
なんだけど、一人称で内省的でもあって、主に語られるのは神谷さんへの想いばかりで、友情とも恋愛とも括れない、憧憬や嫉妬や侮蔑や色んなスパイスの効いた2人の関係性にヒリヒリします。

そして、お笑い論、創作論がかなりがっつり語られるのも読みどころ。
正直、小説の中でここまでがっつり創作論をぶたれると引いてしまうのもなきにしもあらずですが、書いてる時点の著者にとってここまで売れることは予想外で、もしかしたらもう二度と出せないかもしれないくらいの気持ちで書いてたんだろうと、だからちょっと説明的すぎても全部言いたかったんだろうなと思います。そこだけは作者のことを思い出してしまいましたが、創作に傾けるその熱量に感動しました。

ストーリーの全体の流れがどうこうよりも、とにかく細かいエピソード、神谷さんと夜中に家(?)までロングロング散歩をするところとか、真樹さんの存在とかが、懐かしい思い出のように印象に残ってしまう、そんなところが魅力の作品だと思います。

とはいえ、全体のストーリーとしてもクライマックスのシーンはめちゃエモくて泣きそうになりました。


そして、あのラストですよね......。
正直、読み終えた時には全然わけがわからなかったし、こんなクソみたいな結末は受け入れられないとさえ思いました。
でも、読者からしたら受け入れられないようなことだからこそ、そこに笑いに憑かれてしまった神谷という男の悲哀があるのだと、時間が経つごとにじわじわとそう思えるようになりました。
なんというか、考え込めば考え込むほど客観的にはありえない選択をしてしまうことが人生にはあって、美しいクライマックスからあえて蛇足にさえ見える結末を付けたことで、そんな人生の悲哀を生々しく描き出している、噛めば噛むほど素晴らしい結末だと思います。

そんな感じで、クライマックスまではエモいエンタメ小説としても読めるんだけど、最後にあえて面白くないオチを付けたことで人生の悲哀と、笑いに対しての本気を通り越した狂気をも見せてくれる素晴らしい作品でした。