偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

青山文平『つまをめとらば』感想

以前『半席』を読んで気になっていた作者の、直木賞受賞作。

夫婦を描いた作品が目立つ、江戸後期が舞台の6編の短編集。

時代小説ではあるんですが、作中の価値観はかなり現代に寄っている気がします。
「いつの時代も普遍的な人の心」とかではなく、江戸時代に仮託して現代人の生き方を描いているようにすら感じられます。
それが時代小説として良いことなのかどうかは時代小説を読み慣れていないので分からないし、どのくらいリアルなのかも江戸時代を生きたことがないから分からないですけど。でも時代小説を読み慣れていない読者でも現代小説の感覚で読める非常に読みやすく敷居の低い作品であることは確かです。
もちろん敷居が低いと言っても低俗ということではなく、読みやすいけれど上品で温かみのある文章にがっちり心を掴まれてしまいました。ファンになった。

以下各話の感想です。



「ひともうらやむ」

イケメンの親友が、人も羨む藩内イチの美女と結婚し、少し屈折した感情を抱いている主人公のお話。
全てが自分よりハイスペックな親友への微かな嫉妬と折り合いをつけて自分の幸せを探すようなお話かと思えば、意想外の展開に。
おおっ......と思っていると、最後の着地もさらに思ったのとは違うところへ。
微妙に予想を裏切る展開の連続にどういう話だったんだろうと少し不思議に思ってしまうくらいですが、とにかく女性の強さが印象的。
どこかで読んだところによると、著者はプロットを細かく立てずにキャラが動くままに描いていくスタイルらしくて、そう言われればそれらしい、変なんだけど説得力のある展開が面白かったです。



「つゆかせぎ」

亡き妻が自分に内緒でエロ小説を出版していたことを知った男のお話。
ちょっと情けない主人公に共感しつつ、彼の視点から見た2人の女性が魅力的すぎてキュンキュンしちゃいました。出会いのエピソードとか胸キュンすぎるでしょ反則。まぁ怖いとも言えるけど。
そうなんですよ、女性たちの、可愛くて賢くてちょっと怖くなるくらい強いところが素敵......。思えば、うちの彼女も普段はアホみたいな感じなのに一回私を振ろうとした時はめちゃくちゃ怖かったっすもん。
この話も、私の貧弱な予想を少しずつ裏切ってくれるのが痛快で、意外な方向の読後感が印象的でした。
また、男の自信と女の自信に関する描写がまさにその通りという感じ。



「乳付」

一転、女性視点のお話。
身分違いの旗本の家に嫁いだ主人公。子供が産まれるも乳が出ず、代わりに乳をやってくれる乳母みたいな女性は自分よりも全然この家にふさわしく見えて......というお話。

義母や乳母のお姉さんはここまでの話のような強かな女性として描かれています。この2人の言葉がいちいちカッコよくもユーモラスだったりもして凄く惹かれてしまうとともに、主人公視点で読んでいると少し嫉妬もしてしまいます。
そう、主人公は新しい生活の中でいつまでも自分の居場所を見つけられずにいるんですね。その様子にちょっとヤキモキしながらも、自分だけがここに相応しくないのではないかという感覚は分かりみがあって引き込まれてしまいます。
しかしそうした視野狭窄のような状態から、少し視界が晴れるような優しいお話でもあり、爽やかな読後感が心地良いです。



「ひと夏」

兄の家で厄介になっているフリーターの主人公が仕事を貰うんだけど、それが誰もが2年と続けられない飛び地の農村の管理役で......というお話。

主人公にちょっと飄々とした味わいがあるので、なかなかヒサンな発端でもどこかユーモラスに感じてしまいます。
その飄々とした空気感は本書には珍しいバトルシーンやえっちなシーンにも流れています。
自意識や人間関係からストレスを溜め込んで疲弊していきがちな今の世の中、主人公や前任者のような生き方を見習うべきかも......というサラリーマン小説のような側面も。
とある物騒なワードがユーモアに使われるのも面白く、おいおいと突っ込みたくなるオチも良いですね。



「逢対」

惣菜屋を営む女性と良い仲でありつつ、武士としての道を進むのか、趣味の算術で活計を立てるのかで人生の岐路に立つ主人公。
ある時、就活中の友人に誘われて一緒に面接を受けにいくが......というお話。

結婚するのかしないのか、夢を追いかけるか諦めるか、みたいな、人生を決めていく時期にある同世代の若者の話なのでなかなか共感できるところも多かったです。
御社の裏事情は『半席』に感じたホワイダニットっぽさもあって面白かったですね。
最後に主人公が少しの決意をするところが良いんですが、それ以上にヒロインの強かな存在感の方が印象に残ります。強すぎる。



「つまをめとらば」

若くして隠居しつつ、別れた妻とのゴタゴタに縛られ平穏を望む主人公の元へ、10年ぶりに会う幼馴染が隠居したいから家を貸してくれと言ってくるお話。

男2人で(建物は別とはいえ)一緒に暮らすなんてBL......!と思っていたらちゃんとそこへの言及もあり。しかし、たしかに男同士で暮らした方が気楽ってのは分からんでもないですね。その点で言うとうちの妻なんかはかなりおっさんっぽいところがあるので本作の爺二人の生活に近いような平穏がある気がします、とたまには惚気てみたり。
そんな男たちの関係性を主軸にした話ではありつつ、タイトルの通りやはり男と女の関係がテーマになっています。
二重の意味で存在感のあるヒロインをはじめ、海藻の中の元妻たちなど女たちの生き様にはもはや傍若無人とすら言える部分もありつつ憧れてしまいます。
あっさりめな終わり方も短編集の最後としてすぅっと溶けるような後味を残してくれて良いですね。