偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

芦沢央『火のないところに煙は』感想

芦沢央による、著者自身が見聞きした実話怪談をまとめた連作怪談集......という体のホラーミステリ。

全6話で構成されていて、各話で著者と知人のオカルト系ライターの榊さんが関わった怪談が語られていきます。
発端としては著者の元に神楽坂が舞台の怪談特集への寄稿の依頼が来て、「なんでミステリ作家の私に?」と思いながらもかつて知人が遭遇した出来事を書くというところから始まります(第一話)。
そして、そこから徐々に著者の怪談ネットワーク(る)が形成されて色んな話が集まってくる......という作り。
各話はまず怪談としてそれぞれなかなかに不気味なんですが、その中にも隣人トラブルや妄念に取り憑かれた女など人間の怖さも同時に描かれています。あるいは、関係者みんな善意の人だったのに悲劇が起こってしまうようなやるせなさもあったりと、各話それぞれで主役になる人たちの姿も怪異と共に印象に残るのがさすがです。

また、各話とも怪異そのものとは違う部分でミステリ的な仕掛けがあるのも面白かったです。こういった作品だと怪異だと思われていたものが論理で解けたりすることも多い気がします。しかし、本作では「仮に怪異を論理的に説明できてもそれは論理も通せるというだけで実際に怪異でないとは証明できない」という立場を取っていて、謎解き的なパートの前後で怪異そのものには特に変化がない、みたいな感じになってるのが新鮮でした。
また、ネタバレになるのであんま書きづらいんですが、最後の謎解きに伏線回収のカタルシスがありつつ得体の知れない存在の恐ろしさも増すのが凄かった。

これはしょうがないんですが、技巧的すぎるのと榊さんの存在がなんかキャラっぽいのであんまり実話っぽさが薄かった気はして、もうちょい作者本人が前面に押し出されたり作家仲間とかが出てきたらリアル感的にも面白かった気がしちゃいます。

以下各話についてひとこと。


「染み」
本自体にも染みがある遊び心が楽しくも、怪異がそんな細密プリンターみたいなことを出来るんかいともちょっと思ってしまった......。しかし見えていた物語が姿を変える鮮やかさは面白かった。


「お祓いを頼む女」
なんか小林泰三の短編を読んでるみたいな話の噛み合わないイライラがおもろい......。元々が祟りというの自体依頼人(?)の女の思い込みであって怪異とか謎の要素が薄いところから、こんな風に謎解きと不気味さを出してくるのかと驚かされました。


「妄言」
引っ越した先の隣人が頭のおかしな人だったという胸糞悪いお話で読んでてムカムカするんですが、読み終えると胸糞悪さよりやるせなさを感じる印象の変化が上手い。
しかし主人公がいい奴すぎて怪しく感じてしまうのは私だけですかね?


「助けてって言ったのに」
これが1番怖かったかも。夢で恐ろしい目に繰り返し遭う話ですが、その夢っつーのがなんか絶妙にありそうで怖いです。そして、ホラーとしてはこの感じなところにミステリのあのテーマ(ネタバレ→)奇妙な論理をぶち込んでくるのが凄い。他にもアイデア盛りだくさんでホラーとしてもミステリとしても個人的にはこれが本書でベスト。


「誰かの怪異」
これも面白かったけど、そういうことでしょっていうのがかなり早い段階で分かってしまい、榊さんも含めて誰もそこに言及しないのが不自然に思えてしまいました。