2020年、春。
私の記憶では2月29日に東京事変がライブを敢行して一部から批判を受け、それを境におよそ全てのイベントごとが延期、やがて中止になりましたよね。あの、コロナ禍が始まった春を舞台にした、本書は短編集であります。
とはいえ、コロナを正面から描くのではなくあくまで背景にあって不穏な空気感を増長するものとしてあるような印象です。
そして、各話の内容は現代社会に存在する「こわいもの」......整形やSNSや毒親etc......をモチーフとしていますが、なんつーかそういうトピックを扱おう!っていうこれ見よがしな感じもせず、ナチュラルに主人公たちの物語として読んであとから気付くみたいなところが素敵です。
そして、そうした時代性が強くありつつも描かれる人間の不安や孤独などの生々しい部分は普遍的で、コロナという暗い光でそれを見えやすく照射しているようなイメージでした。
表紙の絵も、ふわふわでかわいいピンク色のクッション?が描かれながら色調や陰影によって寒々しく不穏さを感じさせる仕上がりになっていて、本書の雰囲気もここに表れていると思います。とはいえやるせなさの中にもただ絶望的だったり後味が悪いわけではなく、不器用な主人公たちへの優しさも感じられるところも好きでした。
「青かける青」
書簡体の掌編で、「わたし」のことも「きみ」のことも具体的な説明は何もないのになぜだか泣きそうになってしまい、文章というものの力を見せつけられるようでした(もちろん作品には「見せつける」なんていうわざとらしさや下品さはなくて私が勝手に見せつけられてるだけなんですけど)。
後に「ブルー・インク」という短編も入っているので繋がっているのかと思えばそういうわけでもないのが不思議で良かった。いや、抽象的な意味では繋がってるけど私みたいなミステリ読みが思うこれが伏線で後で効いてくる的な下世話な繋がり方ではないといいますか。
「あなたの鼻がもう少し高ければ」
でも普通に考えて、そんなことはありえない。じっさいに、美人はいるしブスもいる
整形して美人になりたい主人公が資金稼ぎのためにインフルエンサーが主催する飲み会のオーディションを受けに行くお話。
ルッキズムは良くないって言いながら美人は得してブスは腫れ物扱いされるじゃん!という思考の主人公に、それは違うと言いたくても反論できないのが痛い。
ルッキズムやめましょうなんてのは机上の空論みたいなもんで、現実には顔が評価されたり金になったりするじゃん、と。
しかし主人公が信じてることもまた机上の空論ならぬネット上の空論のように感じるし、実際そうだったというのが中盤のしんどい展開で突きつけられます。
それまでは主人公のことをちょっといけすかなく思ってましたが、この辺からちょっと感情移入というか肩を持つような気持ちになってしまった。ギリギリ優しい結末と、人生で一度くらいありそうな最後の場面のあの不思議なシチュエーションがめちゃくちゃ良かったです。
「花瓶」
死を間近にした寝たきりの老女が、30代の頃の不倫の情事を回想する掌編。
正反対であるはずの死と性の近さが、春という季節の芽吹きのイメージや散っていくイメージにオーバーラップして感覚的に納得させられるようなお話。花の入っていない花瓶という映像が主人公と重なります。世界で起きているパンデミックとは隔絶した部屋の光景が印象的。
「淋しくなったら電話をかけて」
「あなた」という二人称で孤独な女性のコロナ禍での生活が綴られていくお話。
こんなのは祭りと同じだとあなたは思う。何でもいいから騒ぎたいだけ
感染症に恐れ慄く世間を醒めた目で見つめる彼女の空虚さにかなり分かりみを感じてしまいました。個人的にこの先漫然と後50年くらい生きたとして何があるんだろう?別に今死んだって同じことじゃないか、みたいな感覚があるので、それをもっと先鋭化したような主人公の在り方にこうなっていたかもしれない自分を見るような感じと言いますか。
また、とある小説家に"救われ"ながらその小説家のTwitterでの言動に幻滅してアンチになってしまうところもめちゃくちゃ共感できる......というか私もそれやって誹謗中傷罪でアカウント凍結されたことがあるので他人事と思えなかったです......。また、だからこそ本作の「あなた」という二人称がそのまま私に言ってるみたいにも聞こえて恐ろしかった。
他人なんか必要ないと思っていながらも結局誰かに縋るしかなくて、その誰かが思い通りにならないことに苛立ってしまう、こんだけSNSが発達して個人主義みたいなのが当たり前になっても人間本当に孤独ではいられないよなぁとやるせない気持ちになりました......。
あと、
いつもどおり、あなたは読んだものすべてにライクボタンを押す
という一文があって、なるほど、なんかよく分からないフォローもしてないのにいいねしてくる人ってこれだったのか!と謎が解けました。
「ブルー・インク」
他は全て女性視点の本書で唯一男子高校生の視点で描かれる作品。主人公の少年がSNSとかやってなくて詩のような手紙をくれる少女といわゆる友達以上恋人未満的な関係にあるんだけどある時彼女からの手紙をなくしてしまうというお話。
主人公視点とはいえ読者として客観的に読んでるからなんとか彼女の気持ちも想像くらいは出来るけど、これ主人公の立場だったら私もこうなるな......というのがめちゃリアルで、なんで著者は男子の内面をこんな分かってんだ???と怖くなりました。
というか私も若い頃の未熟な恋愛においてこんなような失敗を連発して、本当に毎回こんな感じになってたのでうぐぐぐぐ......と思った。女ってなんなんだよ......っていう。
「青かける青」とは手紙と青で繋がってるもののこの話の彼女の手紙が「青かける青」というわけでもなさそうで、ただあちらを先に読んでたからこそ彼女の側のこともなんとか想像できたのでやはりあちらが本作のガイド的な役割は果たしていると思います。
「娘について」
母子家庭で育ち自立したよしえの視点から、かつての親友で裕福な家庭の娘の見砂と彼女の過保護な母親ネコさんとの関係を描いた作品。よしえは作家を、見砂は女優をそれぞれ志し、上京して一緒に暮らしていた若い頃の話が主軸。そしてそんな見砂から久しぶりに電話がかかってきて、その頃のことを回想する現在のよしえのお話が枠のようになった構成。
近くにいすぎる正反対の2人の愛憎......いや、見砂の側の気持ちは分からないですが、よしえから見た時に憎悪に近い強烈な苛立ちと嫉妬が混ざった感情(それだけじゃないしそれだけだったら友達やれないと思うけど)にヒリヒリしながら読みました。読んでるとよしえ側から描かれるからよしえに「わかるよ」って思うけど、たぶん私は見砂に近い人間なのでヒリヒリですよ。
クライマックス的な部分でなされる残酷な仕打ちに戦慄しつつも、「人間が1番怖い」とか「後味悪い」みたいな安っぽい感じではなく、自然な感情の帰結として読めるしそれによってよしえ自身も苦しむことになるのも描かれているのが良い。
また、このお話のタイトルが「娘について」なのも良い。よしえが見砂の母親に対して「私の母の娘はあなたの娘よりすごい」みたいなことを思う場面がめちゃくちゃ好きです。傍目には不毛だけど切実なマウント合戦......。
そして、はっきりとした結末じゃなくこの後への不安がじわじわと湧いてくるような終わり方も良かったです。
