偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

青山美智子『赤と青のエスキース』感想

フォロワーのまひろさんのお勧めで読みました。

タイトルの「エスキース」とはフランス語でデッサンや下絵のこと。
本作は主に絵画に関わる人々のドラマを一枚のエスキースを軸に描いた連作短編群像劇。
各話ともに理想と現実のギャップに悩む人々が主人公で、彼らが身近な人との関わりを通して相手と自分を見つめ直す物語になっています。
そして各話共にタイトルが赤いものと青いものの対になっているのも、自分と他者との違いを見つめることで前に進む彼らの姿を表しているようで嫌いですね。

第1話「金魚とカワセミは、英語力に自信があって希望を抱いて留学した女子学生が、現地では自分の英語は付け焼き刃に過ぎず友達も出来ず帰国できる時を待ちながら漫然と暮らしている中で出会う恋の物語。
期間限定の恋、というはじめから切ないに決まってる題材をしっかり切なく描きつつ、恋愛だけにとどまらない人間関係への不器用さを抱える主人公の成長もまた描かれていて最後は爽やかな気持ちにさせてくれる一編。

絵画の額縁の工房に入社した青年が、実際には既製品の小売でしかない仕事に幻滅を抱くところから始まる「東京タワーとアーツ・センター」は、仕事にやりがいを感じることなんて滅多にないけどそれでも夢や理想を持ってはいたいよねと思わせてくれる優しいお話。実際に額縁を作る工程の描写も「へえ〜そんな感じなんだ〜」と面白く、出てくる箔の名前を思わず検索しようとしたらすぐにその名前がサジェストされたのでたぶんみんなこれ読んで調べてるんだな。

続く「トマトジュースとバタフライピー」は絵画から少し離れて漫画家が主人公。中堅作家でそれなりに売れてはいる主人公が、かつての弟子で今は超人気作家となった天才と雑誌の特集で対談をするお話。自分より売れてる弟子への嫉妬や、彼のようにクールに構えていられずになりふりかまわない自分との落差がつらいんだけど、久しぶりに会ってじっくり話すことで少しずつ相手を理解しようとする過程が胸熱でした。

そして最終話の「赤鬼と青鬼」は、生き急ぐように懸命に働く中年の主人公がそのある種融通の効かなさから彼氏と別れることになりパニック障害を患ってしまうお話。私も病院に行ってないから診断されてないし違ったら失礼ですが恐らく軽いパニック障害らしい症状が出てて、電車は耐えられるけどたまに怖くなるし新幹線はややしんどいしトンネルが一番キツかったりして、少しはその苦しみがわかるのでなんだか他人事とは思えず一番我が身に引き寄せて読んでしまいました。
読んでるこっちからするとそんな仕事頑張らんでも休めばええやんと思うけど、そう言ってる自分が仕事を辞めれず死のうとしてたから説得力ゼロだし、気持ち分かっちゃうところある。
それだけに、彼女が上司や「彼」との関係の中で少しずつ固く凝った心をほぐしていく様にはほろりと来ました。

という感じで、各話の内容はとても良くて、文章はめちゃ読みやすいし内容もビターではあるけどヘビーすぎないのでさらっと読めて、でも心のどこかに彼らの姿が残るような、いい短編集でした。

ただ、本書には一応ちょっとしたオチがあるのですが、ミステリファンとしてはこの程度のオチのためにエピローグがあまりにも説明的になっているのが野暮ったく感じてはしまいました。
(ネタバレ→)最後に主役となる「エスキース」という絵の作者ジャックを主人公にするってのは分からなくもないんですが、個人的には彼は直接描かれない影の中心人物みたいな立ち位置のままで良かった気がします。
そしてブーとレイが4話通して出続けてたことも第4話で2人のフルネームとあだ名の由来をさらっと示す程度で良いんじゃないかと思います。こんだけ全部説明されちゃうとせっかくいい話だったのが最後で一気に人工的に感じられてしまう
のがちょっと残念。