偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

トマス・H・クック『ローラ・フェイとの最後の会話』感想

2010年刊行のクック先生の近作。
最近の作品だから年齢のせいなのか、重厚で悲劇的ではありつつ陰鬱さは薄く、優しさを強く感じさせる作品でした。


売れない歴史作家のルークの講演会を訪れたローラ・フェイは、少年時代に殺された彼の父親と不倫をしていたとされる女性だった。父親とローラ・フェイへの憎しみを燻らせ続けてきたルークだったが、彼女との"最後の会話"を通して過去を見つめ直し再考することとなり......。


ほぼ全編にわたって主人公のルークとローラ・フェイとの会話が続き、そこに主人公による回想のフラッシュバックが入ってくる構成で、いわゆる「記憶シリーズ」のような雰囲気のある作品です。
その会話の場面が、"事件"から長い時を経てお互い穏やかに話しつつも、ローラ・フェイがわざわざ会いにきた意図が分からないところに緊張感があります。
そんなスリリングな現在パートの中に散りばめられるように過去が語られることで、これまで読んだクック作品の中でも抜群に読みやすくなっていました。

とはいえ過去パートの輪郭の掴めなさはいつも通り。
作家になるという大きな夢に対して、現実の田舎町の閉塞感や分かってくれない愚鈍な父親への軽蔑がじわじわと描かれていきつつ、軸の部分はなかなか明かされないモヤモヤが素晴らしい。その隠された部分は、意外性こそ他の作品に比べて薄いものの、しかし鈍器で殴られるような重く鈍い痛みがあります。
誰もが多かれ少なかれ自分の思い込みの中でしか生きられず、事実と思い込んでいたことや正しいと信じていたことが間違っていることもある......。

それでも、本作は他の作品に比べてかなり優しいものになっていると思います。
結末もそうだし、ローラ・フェイの語り口や映画トークには茶目っ気も感じます。
なんというか、これまでの作品では砂粒くらいの希望が最後に描かれることで胸糞悪いだけの話にならない、という感じでしたが、今回はなんか普通に「いい話だったなぁ〜」くらいの読後感ですからね。私ももういい歳なのでこのくらいの優しさがちょうどよかったです。