偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

トマス・H・クック『夜の記憶』感想

久しぶりのクック。
久しぶりやなぁと思って調べたら2年ぶりでした。しんどすぎて頻繁に読みたい作家ではないけど年1くらいでは読んでいきたいです。反省。



少年時代に姉が殺された夜の記憶に苛まれる作家のグレーブスは、リヴァーウッドの地で50年前に起きた少女・フェイの死の謎について納得のいく物語を作って欲しいと依頼され......。

という感じで、日本において「記憶シリーズ」と位置付けられる4作目に当たる本作は、主人公が依頼された50年前の事件の謎解きを主軸にしつつ、その中でフラッシュバックしてくる主人公自身の過去の悪夢、そしてそれをモデルにした著作のシリーズの行く末の3つのレイヤーが並行して語られる構成になっています。
ただ、お話の主軸はあくまでフェイという少女の事件なので、意外と複雑さは感じずクック作品の中ではかなり読みやすかったです。

とりあえず、過去に縛られて死んだように生きる主人公の人物像だけでなかなかしんどくて、彼の視点でお話が進むので常に陰鬱な雰囲気。彼の著作である刑事スロヴァックシリーズも作を追うごとになんかどんどん陰鬱な展開になるようで、絶対このシリーズ読みたくねえな......と思ってしまいます。
過去に囚われた町と人々が醸し出す静かさ侘しさと陰鬱さと恐怖の記憶から成る雰囲気がしっかり作られてて、最初はとっつきづらいけどそこに浸ってくるとだんだん引き込まれていくタイプの作品ですね。

主人公はいかにもトラウマを抱えた作家らしく、ことあるごとに過去や著作のことが思わせぶりにフラッシュバックするのでとてももどかしい。
そして本筋の事件の方も、すでに容疑者と目される青年は亡くなっていて、解決済みみたいな状態なのでなかなか新展開にならずもどかしい......という風に、クックらしい隔靴掻痒感と言いますか、話がストレートに進まずに同じところをぐるぐると回りながら執拗なまでに"恐怖"によって人がどうなってしまうのかを描いていく、この説得力ったら凄いですよ。
心に残るというか、心を抉る名言がいくつもありつつ、それを挙げると結末を仄めかすことになっちゃうので書けませんが、「恐怖」というテーマをホラー映画的なショッキングさなんかとは一線を画した生々しいリアルさで描き出した傑作であると思います。

ミステリとしても意外性はあるんですが、こちらはシンプルすぎて読めてはしまいました。
そんでもミステリ的な意外性が物語に深みを与えるのはいつもながら凄いし、メインのサプライズだけでなく全体の構図も凝っていて且つえげつなく、いい意味でとても嫌な気持ちになりました。
と言っても読者を嫌な気持ちにさせるのが著者の目的ではなく、人間の心の奥深くにある闇を描くことで、その中にある微かな光へ向かう意志を描いているわけです。そこんとこがブレないから、クック作品はどんなにつらくても読み終えた後にイヤミスとは一線を画した満足感があるんだと思います。

というわけで記憶シリーズも残すところ『沼地の記憶』のみ。これは来年中に読みたいです。
とりあえず今んところ『夏草の記憶』の衝撃はやはりダントツですが本作がそれに次いで好きかな。

以下少しだけネタバレで書きます。









































リヴァーウッド事件の時代設定が戦後すぐだったので少し嫌な予感はしていましまが、アウシュビッツの話だったとは......。
主人公の姉の殺害と重ね合わされることで他殺→実は自殺という真相が見えにくくなっているのも上手いですが、なにより自殺に追い込まれるまでの流れがあまりにも残虐で、サイコキラーに殺されたよりもよっぽど狂ってて救いがないからしんどい。

一方、主人公の姉の件は思わせぶりすぎて予想ついちゃったけど、ここが明かされることで主人公が死に囚われることに本当に納得がいき、「恐怖」というテーマが真に迫って突きつけられるのが凄いです。

そして、主人公が「サイクス」だったことが明かされた後、作中作の中でサイクスは殺されます。しかし、最後の最後に主人公は生還し、スロヴァックに生まれ変わってケスラーを追う決意をする......という結末が素晴らしい。
あまりにも重く悲しい物語だったけど、最後に小さな光が灯るところで終わる著者の優しさに泣けちゃいました。

ときどき、みんな殺してしまいたくなるんです。
ケスラーも。サイクスも。スロヴァックでさえも。だれも彼も。なにもかも。この世界全体を

それは寂しさなのよ、ポール。
人をそんなふうに感じさせるのは寂しさだけだわ