偽物の映画館

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トマス・H・クック『死の記憶』読書感想文


ティーブが9歳の頃、母と兄、そして姉が銃殺された。犯人と目された父親は逃亡し、未だに行方が分からない。
そして今、自らも父親となり、妻と1人息子とともに暮らすスティーブの元に、ライターのレベッカが現れる。
父はなぜあんなことをしたのか?
彼女とともに過去の事件について探るうち、スティーブは自らの内の、とある感情を意識するようになり......。




1年以上ぶりですがクック先生を。

本作は日本でいわゆる『記憶四部作』(あるいは五部作)とされる作品群の1作目に当たります。
原題はそれぞれまったくバラバラなものの、「主人公の一人称で過去の事件のことを探っていく」という形式は共通しているらしいので、そういう意味では記憶シリーズという日本独自の括り方も悪くない気もしますね。



さて、本作の内容について。

例の如く、冒頭から本作の中心となる事件の日の記憶が描かれるのですが、語り手である主人公自身は幼く、さらにその場には居合わせなかったため、めちゃくちゃ断片的なことしか描かれないんですね。
そしてかつての家族、死んだ母親と兄と姉、そして逃げた父親について、これまた断片的に紹介され、何が起きたかなんとなーくしか分からないという焦らしプレイが愉しめます。←

そこから、自らも家庭を持つようになった主人公が作家のレベッカに出会うことで過去に向き合う......という構成で、ゆっくりと、ゆっくりと、かつての家族の姿が浮かび上がってくるというやり口。

ただ、そうした過去への追想は、実は現在の主人公の心境を投影したものでもあったり。過去に向き合うことで現在が不穏さを帯びてくるあたりからだんだんと引き込まれていき、スロースタートですが、後半からは一気に読めてしまいます。
物語が進むにつれて、読者から見えるかつての家族それぞれの姿が変わっていき、また今の家族である妻の姿や、レベッカという女性の人間性も見えてきて、それとともに主人公が抱えるものも炙り出されていき、どんどん作品世界が立体的になっていきます。
また、義父義母夫婦や会社の同僚などの脇役キャラに至るまで、筆は多くは費やされないままに深みのある人間として描かれています。
主人公の一人称で語られ、主題は父親のことでありながら、それ以外のキャラもそれぞれ同じだけの重みをもって描かれる群像劇でもある、というのが見事ですよね。


で、主人公がねぇ......。
なんかずっとうじうじしてるしぶん殴りたくなるような野郎ではあるんだけど、一言でクズと断じてしまうことができず、むしろ圧倒的に共感させられてしまうからつらいです。
それは私も同類だからなのか、誰しも彼のような弱さを持っているからなのか、はたまた作者の筆力の為せる技か......。まぁその全てなんでしょうが、彼が破滅に向かっていくのを読んでると、自分のことのようにヒリヒリしてくるんですよね。
作中で、男はロマンチストだから云々というくだりがありますが、まさにそれなんすよね......。私ももう青春時代から遥か彼方に遠ざかり、代わり映えのしない日々に倦んでいるわけですから、染みるよ。


で、ミステリとしては、まだまだ記憶シリーズ初期だからかかなりシンプルなものではあり、予想外の驚きとかはなかったんですけど、それでもやはりミステリとしてのオチが物語に更なる奥行きを与えるあたりはさすがです。
主人公に感情移入しちゃってるだけに、自分の未来を見ているようで辛く、絶望的な読後感が残りましたが、しかし今の自分にめちゃくちゃ刺さったので読んで良かったとは思います。どんより。




じゃあ以下はネタバレ&うだうだ愚痴語りなので読まないでくださいね。


























人生の意味ってなんなんだろう。大人になるってどういうことなんだろう。

主人公はアラフォーで、いわゆる不惑っちゅうやつではあるんですが、その実態は惑いまくりでありまして......。
ちゃんと働いてて、そこそこの暮らしはしてて、妻と息子がいて、世間でいう幸せな人生そのもののような暮らしをしていながら、しかし自分の人生で手に入るものはその程度のものでしかないことに絶望とも焦燥ともつかぬ気持ちを抱え、安定より刺激を求めてしまう。そういう悪い意味でロマンチストなところが男には......と言うとよくないかしら、私にも、あるんですよ。
それでも自分から冒険に飛び込んでいく勇気はないけれど、美人ライターがめくるめく冒険に誘ってくれたら、、、と思うと彼の気持ちがすごく分かってしまうのが怖い。
私なんて結婚もしてないけど、今時情報が溢れすぎていて結婚する前から結婚したって所詮どの程度かってのが分っちゃってるし、掌の中に幼稚園児の落書きレベルの未来予想図を握って生きているようなものだから、「夢の家」に縋りたくなったりもするよそりゃ。

結局、自分しか愛せないんですよ。
マリーのことは愛してると思ってたし、子供が出来たら親としての愛に目覚めると思ってたんだけど、そんなこともなく、自分は自分でしかなく自分しか愛せないんですよ。

本書で印象的なシーンはいくつでもあります。
例えば義父母と会う場面なんかもそうだし、同僚に車の中で説教されるとこもそうなんだけど、やはりレベッカとの決裂がエグい。
ロマンチストでエゴイストな見たくもない自分を父親に投影するも、それがバレてしまうという恐ろしさ。あのシーンを主人公側から恐ろしいと感じてしまう自分のクソさが恐ろしい。

そして「夢の家」ことレベッカを失ったスティーブだけど、レベッカを失ったからといって家庭を取り戻せるわけでもなく、まさに二兎を追って一兎をも得ずってな具合で、あーあと思いながらもさすがにマリーとの決裂の場面は彼女が可哀想すぎて死にたくなるけど、死ぬのはマリーの方でした。
ここは詳細は描かれないけど、事故に見せかけた無理心中ってことなんですかね......しんどい。

そして、父親に復讐を企てるも、実は自分の思っていた父親の姿は自分の鏡像でしかなく、本当の父は勇敢な男だったと知るつらさ。主人公のその後は知りませんが、なるべくならこんなやつさっさと死んで欲しいですよ。やれやれ。