偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

三津田信三『碆霊の如き祀るもの』読書感想文


刀城言耶シリーズ、前作より6年ぶりの第七長編。
元は刀城言耶シリーズのつもりだった炭鉱もののホラーミステリが『黒面の狐』として出されたこともあって期間が空きましたね。というか、むしろそれ以前の年1冊ペースでこの濃厚なシリーズを出版していた状態が異常な気もしますが......。

ともあれ、ファン待望の新作なのです!




断崖に閉ざされた五つの村からなる強羅地方。そこに伝わる「海原の首」「物見の幻」「竹林の魔」「蛇道の怪」の四つの怪談。
強羅地方へ民族探訪へ向かった刀城言耶と祖父江偲は、四つの怪談をモチーフにしたかのような連続殺人に巻き込まれ......。




というわけで、まずは目次を見てびっくり。冒頭120ページにわたって、事件のモチーフとなる四つの怪談がみっちり語られているんです。
ほうほうと思って読んでいくと、この怪談パートがもう単独で怖い。
それもそのはず。著者の三津田さんは怪談短編集も何冊も出している怪談作家としての面も持っているので、長編ミステリの冒頭に前振りとして書いただけではないクオリティなのも肯けます。
現代ものの怪談も上手い著者ですが、本書に収録されているのは江戸、明治、戦前、戦後と、平成末期の今から見るといずれも時代もののしかも山奥のど田舎を舞台にした話ばかりで、もうページを開いた瞬間に怪異の芳香が匂い立つような"いかにも"さがステキです。
前半二話は現象よりも大自然そのものへの畏怖が、後半二話は怪異の恐ろしさがそれぞれ主体になっているので四話分立て続けに怪談を読んでも飽きないところも良いです。

さて、一方で刀城言耶が登場してからは、実を言うとちょっと物足りない気がしましたね。
というのも、本作の事件編はシリーズ中ではかなり軽めかつ普通な気がしてしまうのです。
軽いというのは、祖父江偲さんと大垣秀継くんと刀城言耶先生のトリオ漫才に、巫女さん美少女も登場でラブコメにまでなってしまいキャラノベちっくな会話劇が多いのが一番の要因ですね。祖父江偲さんは可愛くて大好きなのでもちろん嬉しいんですが、現場にまで着いてきてぐいぐい前面に出てくるとこうなっちゃうんですよね。短編ならそれで問題ないんだけど、長編はねぇ......。
また、そもそもタイトルにある碆霊という怪異の存在感が事件編では薄く、村の人たちの視点からの描写も冒頭の怪談以外はなく、村の人たちがわりとみんな優しいので、これまでの作品のような圧倒的な世界観はないような気がしてしまいました。まぁ優しいのはいいことですけどね......。でももうちょいこう排他的だったり偉そうな有力者がいたりとかはね、してほしいよ......水魑のクソジジイとまでは言わないけど......。


とは言いつつ、事件そのものは一度起きると立て続けで、その内容も「出られるはずの竹林の中で餓死した男」などインパクトの強い不可能犯罪ばかり。さらに村に伝わる怪談の見立てという目的の分からない装飾も不可解かつ不気味で、真相が気になることは請け合い。
ただこのシリーズが異様なまでの傑作揃いだから期待が大きくなっちゃっただけで......などと、解決編の前からなかなか辛口な感想になってしまいましたが、さて解決編はというと......。



うーん、これまた難しい......。
事件の真相についてはかなりオーソドックスなミステリといった感じ。個々のトリックも犯人の正体も面白いし、積んでは崩してを繰り返す賽の河原式推理法もいつもながらに知的好奇心をくすぐってくれますが、全体を貫く驚きのメイントリック!というのがこれまでの作品に比べると弱いんですよね。それぞれの事件のトリックで「ほう」とは思わせてくれるものの小技の積み重ねの感が強いですね。ユーモア色が強いことも併せると、どちらかといえば同シリーズの短編に近い読み心地でした。それはそれで好きなんですけど。

また、見立て殺人ものとして(ネタバレ→)実は見立て殺人じゃなかったというのはうーん、と思ってしまいます。ただ、そこから事件の捉え方自体が二転三転していき最終的には早坂吝のデビュー作みたいなことになっちゃうのは笑いました。
また、本作のもはやメインのネタといっても過言ではないのが驚きの"動機"でして、これは流石に「どっひゃー!」とひっくり返っちまいましたね。こういうネタは凄く好きです。


まぁ、そんなこんなで解決編も面白いけど期待したほどじゃなかった......というのが正直な感想ですが、しかし最後の最後に今まで茫洋として正体の見えなかった「碆霊」が強烈な存在感を持って姿を現わすのにはゾクッとしました。この部分のホラーとミステリの融合のさせ方だけはもしかするとシリーズでも最高なのではないかと思います。
結局これのせいで、終わりよければ全て良しとばかりに「いいもん読んだなぁ」という気持ちで本を閉じることができたわけです。

というわけで、偉大すぎるシリーズの名前を冠しているから不当な物足りなさを覚えがちですが、とはいえホラーミステリーとして十分以上に面白い傑作であることは間違いないと思います。また祖父江偲さんが可愛いので祖父江偲さんのファンの方は祖父江偲の可愛さを愛でるためだけでも祖父江偲さんを読んでみてください。はぁ、好き......。

辻村深月『かがみの孤城』読書感想文

辻村深月、『冷たい校舎の時は止まる』くらいしか読んだことがないのですが、あれは面白かった記憶があります。本作はそんな辻村さんの原点回帰的な作品だそうで、たしかにデビュー作である『冷たい校舎』に似た部分や、あれを踏まえて進化した部分が多いように思います。といっても『冷たい校舎』の記憶がほぼ消失しているので(読んだの7年くらい前だしなぁ)特に比較とかはしないです!しないんかーい。


かがみの孤城

かがみの孤城



ある出来事により不登校になってしまった中学生の少女・安西こころ。ある日、一人で部屋にいると、部屋の鏡が輝きだした。驚いて鏡に触れたこころは、鏡の中に引きずり込まれてしまう。
そこには、西洋風の城と、こころと似た境遇にある中学生たち、そして狼の面を被った謎の少女"オオカミ様"がいた。
"オオカミ様"はこころたち七人に告げる。「今年度中に城の中で鍵を見つければ、見つけた者の願いを叶える」
七人は戸惑いながらも協力して鍵を探すことにするが......。






上のあらすじのように、今作は鏡の中の城というファンタジー色の強い設定で、文章もさらっとライト、いかにもなジュブナイルですが、その実、かなりリアリティの強い青春小説でもあります。
「思春期の少年少女がそれぞれに何かを抱えながら閉じられた空間で協力して課題に挑む」という流れは『冷たい校舎』と共通で、なるほど「原点回帰」と言われるのも納得です。


内容について。
まずは「鏡の中の城で知らない子たちとともに過ごす」という設定が魅力的ですね。
この「鏡の中の世界に入る」っていう設定、ファンタジーの映画や小説で鉄板の設定ですが、一方でイマドキだとSNSなんかも連想させますよね。
鏡というのもファンタジーの小道具として鉄板であると同時に、スマホの画面を連想させなくもないし(スイッチが入ると光るとことか)......。とにかく、学校や職場など行かなきゃいけない場所以外の「逃げ場所」があってもいい、ということでしょう。優しい。

優しいといえば、説教臭さが全くないのも優しいですよね。
こういう作品って、ともすれば「頑張ろう!」「負けないで!」みたいな押し付けがましさを伴いがち、もしくはいじめや不登校を社会問題として描く側面を持ちそうに思えます。しかし、本作の場合は、つらかったら逃げてもいいし、嫌いな人は嫌いでいい、と生きづらい人間を肯定してくれるんですね。その上で、世界はそこだけじゃない、居場所は他にもあるかもしれない、と教えてくれる。そういうさりげない優しさがイケメンですわ。イケメン作家辻村深月
そういえば、嫌いな人は嫌いでいいって、尾崎世界観も言ってましたね。さすがイケメンバンドマン尾崎世界観


さて、話は変わりますが、物語の登場人物に感情移入する時って、だいたいは自分の知らない感情を追体験するか、自分の知ってる感傷に共感するかの2種類ですよね。この作品の場合は、(これが刺さる層の読者にとっては)バリバリの後者で、共感容易性が非常に高いです。共感容易性って言葉今作りましたけど。
共感しやすいお話っていうのは、雑に言うとあるあるネタなんですよね。
「学校行けない時ってお腹痛くなるよね〜」「あるある〜」
「熱血漢風の先生って大抵ゴミだよね〜」「あるある〜」
みたいに、全編にわたって短いあるあるネタを連ねたような......とまで言うと言い過ぎですけど、あるあるの連打になっていて、こういう細かい共感を積み重ねて、読者の登場人物への愛着を少しずつ固くしていくのが上手いです。
私としては、中学の頃2週間くらい不登校の真似事をしてた時の経験から、12月にこころが平日の昼に親にショッピングモールに連れて行ってもらう場面にグェッってなりました。あるある〜。

また、本作は主人公の一人称で描かれていますが、他のキャラクターたちの心情も主人公の目を通して丁寧に描かれているので、彼らの分まであるあるなのです。
他のキャラクターといえば、主人公の母親の描き方が印象的でした。主人公を心配しながらも、中高生の気持ちを忘れてしまったためなかなか上手く娘と分かり合えないっていう。大人になった今読むとこの母親の気持ちもちょっと分かるようになってまた面白いですね。はい。

で、この辺、メインキャラ全員の視点で長々と心理が描写されていた『冷たい校舎〜』に比べると格段に上手くなってる気がしますね。全員分律儀に描かなくても全員に感情移入させるっていう。そのためページ数も大きめの文字で500ページと(著者にしては)かなり短めになっていながら内容は濃い、作家歴の長さを感じさせる作品になってると思います。

そして、この作品の一番好きなところが、つらい境遇にいたことでみんなと出会えたってとこですかね。私ってば雌伏の時は無駄じゃなかった!系のお話(??)に滅法弱いんですな。それがあるからこそラストの感慨もひとしおってなもんで。良いですね。

おっと、忘れてましたが、ミステリ部分も案外良かったです。一番大きいところはたぶんミステリ読者なら誰もが中盤までには分かっちゃいますが、それでもその他細かいところの伏線回収がエグいので、最後でふぇ〜ってなります。偉そうに言ってるけど読書会でフォロワーさんに教えてもらうまで気づかなかった伏線もあり......うん、上手いです。

そんなこんなで、短さも含めての読みやすさと共感のしやすさから、現役中高生の世代に読んでほしい本だと思いますが、その一方で大人の読者にもあの頃の気持ちを思い出させてくれる作品です。
学校という空間のあの息苦しさや理不尽さを経験したことのある人ならば、現役中高生から大人まで幅広い層に響く作品だと思います。
とともに、学校に限らず、人間関係に悩む人全般におススメできる普遍性のある物語だと思います。
個人的には賞とかどうでもいいけど、まぁ一応本屋大賞ですし面白いことは保証されてますんでね。ええ。みんな読んで!

バッファロー'66

最悪の俺に、とびっきりの天使がやってきた

......その通りです、とびっきりの天使に出会いました。


製作年:1998年
監督:ヴィンセント・ギャロ
出演:ヴィンセント・ギャロクリスティナ・リッチ

☆4.4点


〈あらすじ〉
刑務所から出所したビリー。実家に帰ろうとするが、見栄っ張りな彼は両親に電話で「フィアンセを連れて行く」と言ってしまう。フィアンセなんているはずもないのに。
おしっこを我慢していた彼は、トイレを借りるため入った建物でレイラというGirlを拉致する。実家に連れて行き、フィアンセのフリをさせるためだ。
どうしようもないクズのビリーだが、彼の純粋さや優しさを見抜いたレイラは徐々に彼に惹かれてゆく。しかし、ビリーには二つの秘密があって......。



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「‪もしもモーニング娘。に君がスカウトされたらどうしよう もしも君がいないと僕は登校拒否になる」
(銀杏BOYZ『あの娘に1ミリでもちょっかいかけたら殺す』より)



というわけで、前置きが長くなりましたが、これは私のために作られたラブストーリーでした。

主人公のビリーはどうしようもないクズの非モテ野郎。見栄を張って嘘をつき、おしっこしてて隣の人と目があっただけで「俺のちんこ見たやろ!💢😡」とブチ切れ、あげく嘘を糊塗するために女の子を拉致るというクズっぷりが冒頭10数分程度の中で連発されます。
私もここまで観たところでは「なんだこいつ〜〜っ!💢こんな嫌な主人公は嫌だ!💢」と語彙がなくなるくらいイラっとしましたが、攫った女の子を実家に連れ行った場面からガラッとビリーへの印象が変わりました。
というのも、そう、彼の両親が彼以上にクズだったのです!
この両親のクソっぷりがいっそ面白いので具体的には書きませんが、親にこんな風に育てられてたらそりゃこうなるよ......と、ここでビリーへの気持ちは「ムカつき」から「同情」へと移るのです。

そして、終盤ではさらに彼への気持ちが「共感」へと進んでいき、最終的には「自己との同一視」にまで発展していきます。
観ているうちに、クズ主人公の等身大な苦悩に、反感から共感へと気持ちを180°ぐるっと揺り動かされるところが本作の大きな魅力の一つでしょう。です。である。



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「誰よりも醜くて誰よりもバカ そんな彼を リリー、君だけは笑ってくれないか」
(ドレスコーズ『Lily』より)



さて、本作のもう一つの大きな魅力、それはもうズバリ、ヒロインのレイラちゃんです。そりゃそうだ!



可愛い。


可愛い。


おっぱい。


めっちゃ可愛い。


というわけで、めちゃくちゃ可愛いんです。
ロリコンだけどおっぱいは好き。そんな私みたいな人はヒロインの可愛さを観るためだけでもこの作品を観て欲し......って誰がロリコンやねーん。

ただ、ここまで可愛い女の子が、上に書いたようなクズ男に拉致られて逃げ出さずにほいほいついてきて、あろうことか彼を好きになるなんてめっちゃ御都合主義じゃない???という疑問を抱いてしまいますが、そこもノープロブレム。
この物語は主人公ビリーにとってのラブストーリーなのでレイラの事情には触れられませんが、それでも彼女も何かを抱えているような雰囲気がぷんぷん出ています。
象徴的なのは初登場の、バレエのレッスンを受けているシーン。レイラは他の人たちとやや距離を空けて隅っこで踊っています。服装も彼女だけ私服感バリバリで明らかに浮いてる感じ。このような、レイラが世の中に順応できていなさそうな言動が作中のところどころにさりげなく入っているので、彼女がビリーを好きになることも必然のようにすら思えてしまいます。
彼らはきっと似た者同士で、だからこそレイラはビリーの本当の姿を見抜くことが出来たのでしょう......。
最初は御都合主義っぽくも段々納得できるようになる......という、レイラの気持ちに対する観客の印象の移り変わりも、ビリーへの印象と同様に本作の大きな魅力だと思います。

レイラちゃんが可愛いシーンはもうほんとありすぎるほどあって語り始めるとキリがないので省略します。しかし、私のオールタイム可愛い映画のヒロインランキングに余裕で入りますねこの子。ちなみにこのランキング、他にはチャップリンの「モダンタイムス」、「50回目のファーストキス」、「アパートの鍵貸します」、「ローラーガルズダイアリー」などが入ります。というどうでもいい情報。



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「君のおっぱいは世界一」
(スピッツ『おっぱい』より)



というわけで、主人公のビリーとヒロインのレイラの魅力こそが本作の魅力の核心でありまして、観ているうちに彼らに感情移入できた非モテクズ野郎ども(失礼)だけが、「2人はどうなっちゃうの!?」と、本作をわくわくどきどき楽しむことができるわけです。

で、そしたら2人はどうなっちゃうのか?そして私は何でこんなにこの映画にハマっちゃったのか?
以下では結末の展開込みでそのへん書いていきます。ラブストーリーについてはネタバレしたところで別に......って気もしますが、観てなくてネタバレが嫌な方はご注意ください〜。






















ビリーの抱える二つの秘密。
一つは、小学校の頃からずっと好きな女の子がいること。
両親の前でレイラに好きな子の名前を名乗らせたり、ボーリング場のロッカーに写真を貼っていたりと、実に王道な片思い具合。
しかし、レイラと共に入ったデニーズで片恋の君とその彼氏に遭遇してしまいます(関係ないけど洋画に出てくるファミレスってカッコいいですよね)。
このシーンが私大好きなんですけど、隣の席からビリーに向かってあからさまに馬鹿にしたようなことを言ってくる片恋の君に、レイラちゃんが「彼はいい男よ」みたいなことを言ってくれるんです。このレイラちゃんのムッとしたような、それでいてどこか誇らしげな感じがもう......天が使わしたと書いて天使です。天使性が高すぎるんです。

その後、その件についてごたごたがありつつも二人はモーテルに泊まることに。もちろん片思いを抱える童貞のビリーは、見るからに誘ってるレイラちゃんにも手を出すことなどなく......。ここのビリーの拒否具合がもう凄いピュアっピュアで可愛いんです。
お風呂に入る時も覗かれたら困るからパンツのまま湯船にちゃぽん。後から裸で入ってきたレイラちゃんに触れることもなく、ゆぶねの端と端で膝を抱えて向き合う姿勢の切なさ可愛さ。実際のところ洋画ってのは出会ってマイナス4秒でセックスするのが当たり前の文化圏で、こういうピュアな男女関係を描いた作品ってのはどちらかというと珍しい方。そのむずがゆさは日本の非モテ人間にも突き刺さるんです。
そして風呂から出た二人はベッドに横になるわけですが、もちろんビリーくんは針金みたいにぴーんと伸びて変な角度で転がってるんです可愛い。そんな彼を胸に抱くレイラちゃん。胎児のように丸まって抱かれるビリーくん。可愛い。ここにきて、レイラのおっぱいの大きさも母性を示す重要なモチーフだったことがわかりますおっぱい最高Yeah!

しかし、ビリーにはもう一つの秘密が......。
ってまぁこれは前半のうちに明かされてるんですが、そう、彼は自分をハメて無実の罪でムショ送りにした悪いやーつに心の中で復讐を誓っていたのでした。
こっそりと拳銃を懐に入れ、「コーヒーを買ってくる」とレイラに告げるビリー。レイラは嫌なものを感じで引き止めようとしますが、ビリーは「すぐ戻るから」と言ってモーテルの部屋を出てしまいます。

かくして、ビリーは悪いやーつが夜遊びしてる悪いみーせ(店)へ向かいます。
そしてビリーは悪いみーせで悪いやーつを発見し、銃を取り出して撃ち殺します、そして銃口を自分に向けてドカン......
......という妄想をするビリー。しかし、そこで頭をよぎるのが自分の墓の前でスポーツの試合のラジオ中継を聞いて文句を言う母親。自分が死んでもあのババアは悲しまねえ、それなのに死んで何の意味があるってんでい......。

急に復讐がバカバカしくなったビリーは、下品な遊びに興じる悪いやーつにご挨拶をして、モーテルのそばのカフェエへに入ります。
見てるのが恥ずかしいくらいに浮かれて、「このハート形のドーナツいいね、考えた奴は天才だよHAHAHA」などと店主に供述するビリー容疑者(未遂)。その顔にはもうさっきまでの憂いはありません。
ここがもう、わかりみしかないといいますか......。
結局、この映画を一言で言うなら、人が恋に落ちる瞬間を描いたお話......ということなんですよね。普通ラブストーリーは好きになってから始まるものですが、この映画は人が人を好きになるまでの過程をラストシーンまでに渡って丁寧に描いているわけです。だから本作は、ら理由も説明されないままイケメンと美女がなんとなく恋に落ちてマイナス4秒で合体するような映画にうんざりしている向きには是非オススメしたい子供のためのラブストーリーなのです!

さらに、今まで誰からも愛されたことがなくても、そのせいでヒネくれても、素直で真摯な気持ちを忘れなければ分かり合える人に出会える......という、恋愛失敗率の高い人へのあまりに優しい救いの物語でもあるのです。です。
あまり自分のことを語るのもよくないですが......(と言いつつ今まで散々書いてますが)、私自身こないだまで常に頭のどこかに死にたい気持ちが沈殿した生活を送っていました。それはそれで今思えば良い思い出だけど、あのままだったらヤバかった気がする......そんな時に天使がやってきたのです。
そのことについても色々とモヤモヤした気持ちもあったんですが、この映画を観て、これで良かったんだと思うことができました。
私は今でもまだ、これからもきっとクズのままですけど、人に会うたびに見下されて泣きながら帰ってきますけど、そんでもクズはクズなりに小さな赤い灯を守りながら頑張って生きていこうと思いました。
それではお別れの時間がやってきました。最後に一曲聴いていただきましょう。スピッツで、『スカーレット』。



「離さない このまま時が流れても ひとつだけ小さな赤い灯を守り続けていくよ
喜び 悲しみ 心ゆがめても 寒がりな二人を温めて 無邪気なままの熱で」

(スピッツ『スカーレット』より)

浦賀和宏『HEAVEN 萩原重化学工業連続殺人事件』読書感想文

元は2011年に講談社ノベルスより発表された、萩原重化学工業シリーズ(=安藤直樹シーズン2)第一弾。この度どういった大人の事情があったのか、講談社ではなく幻冬舎から大幅な加筆修正を経て文庫化されました。
講談社も早く安藤シリーズ文庫化して〜〜😂



ナンパが趣味の少年・有葉零は、ある日祥子という少女を引っ掛ける。零は情事の最中に祥子を絞め殺してしまう。しかし、警察がやってきた時には祥子の遺体は消え去っていた。
後日、祥子は別の場所で殺され、脳髄を持ち去られる。そして、その日から脳を持ち去る猟奇殺人事件が連続し......。



私はノベルス版は読んでいないので比較できませんが、聞いた話によるとノベルス版よりかなり心理描写が削られてページ数が少なくなったようです。
安藤直樹シリーズのファンとしては、あのうだうだと続く鬱々とした心理描写こそシリーズの魅力だと思うので、それが削られたのはもったいない気がします。確かに、読んでて安藤直樹シリーズほど自意識や情念が暴発する描写がない気はしました。
それでも主人公格である有葉零の弟、有葉一くんの日記パートには「あ、これは安藤シリーズだ......」と懐かしい痛みを覚えました。
一くんはイケメンモテモテワンナイトラブ師の兄の影に隠れた引きこもり青年。兄と比べて自分は醜く、いてもいなくても変わらない......という激しい劣等感を抱えています。
「引きこもっていて誰にも認知されないなら存在しないも同じ」という独白には、安藤シリーズの傑作『透明人間』というタイトルを連想しました。実際、内容こそもちろん違うものの、一くんの恋の顛末は『透明人間』に勝るとも劣らないめちゃくちゃ切なく美しいものでした。
そんなわけで、一くんの日記パートは全部好きなんですけど、特に良かったシーンをメモ代わりに読んでる時写真撮ったのでそのまま載せときます。

ここ、泣けますね。


さて、そんな感じで一くんのパートは青い恋愛描写が多くてねちっこいんですが、他の部分はわりとサラッとスピーディーで、物足りなさはありつつも、圧倒的な読みやすさはエンタメ作品としての大きな強みだと思います。

そして、様々な人物の視点から語られる物語が高速でぶつかる結末、その大風呂敷の広げ方たるや圧巻です。「SF要素のあるミステリ」だった安藤直樹シリーズから更に飛躍して、「ミステリ要素のあるSF風味のウラガ・ノベル」としか形容できない破茶滅茶な世界が姿を表すのです......。
つっこみは野暮、感傷に浸った後で、ぶっ飛び展開に頭を殴られるような不思議な小説でした。

次作『HELL』も読み始めていて面白いんですが、作者本人が昔に「安藤シリーズと萩原シリーズは合計10作品の予定」というようなことを言っていたらしく、そうすると、あと1作品でこの壮大なサーガが完結することになります。実際のところどうなのかは知りませんが、今回の文庫化が呼び水となって作者が新作を描いてくれることを心待ちにしている今日この頃なのでした。

浦賀和宏『透明人間』安藤直樹シリーズその7

透明人間 (講談社ノベルス)

透明人間 (講談社ノベルス)

幼い頃、理美は透明人間を見た。それから少しして、理美の父は雪が積もる神社の境内で不審死を遂げた。状況は殺人とみられたが、周りの雪には父本人と発見者の理美の足跡しか残されていなかったのだ。
それから10年、理美は自宅地下に秘密の研究所があったことを知る。そこへ父の同僚らが研究データの捜索に訪れる。しかし彼らは次々と殺害されていき、理美と恋人の飯島は地下に閉じ込められてしまう。

魔法なんて実在しない、だからこそ人はファンタジー映画を観ます。
見立て殺人なんてよっぽど起こらない、だからこそ人は横溝正史を読んで赤い夢を見るのでしょう。
同じように、純愛なんて存在しないからこそ、私はこの純愛小説を読んで泣きました。泣きました。

主人公は自殺未遂を繰り返す女の子。本書のミステリとしての本題は冒頭の日記に描かれる主人公の父親の雪密室、そして中盤以降の地下研究所での殺戮劇ですが、その間でどさっと主人公の自殺未遂歴と飯島とのエピソードが語られます。はっきり言ってここが終盤以前のハイライト。死にたい死にたいと思いながらも本当に死ぬ勇気はない人間にはなかなかクるものがあります。わざわざアレで首を吊ろうとするところとかね、ほんとに。
その後地下室に閉じ込められて事件が起こりはじめてからはサスペンスとしてぽんぽん話が進んでいくのでそれはそれで面白いんですけど、やっぱりうだうだと悩む描写が上手すぎてサスペンスはオマケに思えてしまうところはありますね。まぁ閉じ込められたら閉じ 込められたで、また彼女はうだうだと悩みはじめるのでなんだかんだ面白いですけどね。

本作では解決編で名探偵を嫌悪していた安藤直樹がもうバリバリ名探偵として推理を語るのも大きな見所です。
ただ、トリックに関しては正直あれとあれを使ったなっていうのは分かってしまいます。あまりに不可思議な状況だと逆にそれを成立させるにはあれしかないってなんとなく推測できちゃう現象、ありますよね。というかどう見てもあれはあれするでしょ。ここがもうちょい独創的だったらなぁというのが玉に瑕。

とはいえ、その後の結末があまりにも好みドンピシャに面白かったので安藤くんなんかもはやどうでもいいですけどね。
本を読んでいてゾワッとすることって最近は特にあんまりないんですけど、このラストはキましたね。ええ。「まさかそういうこと!?」と思った時にはもうぞわぞわして、それが少しずつ語られていくのを読みながら今までの物語を思い出して震えました。エモすぎる......。そして最後の最後、泣きますよこれは。純愛なんてこの世にありえない。だからこそ、物語の中の純愛は切ないんですよね。
読了後、この曲を聴いたことは言うまでもありません。
YMO「Cue」

浦賀和宏『学園祭の悪魔』安藤直樹シリーズその6



穂波留美の同級生の"私"は友達も多くクラスでカーストそこそこ上位の普通の女子高生。でも両親が毎日喧嘩してたり、暗くて友達もいない穂波留美のカレシの安藤くんに岡惚れしちゃったり、ほんとは世界一不幸な女の子なのです。高校生にもなって未だにバージンだしね。ぐすん。

だいぶふざけてるけど、ほんとにこんな感じの語り口でこんな感じの話なんです。シリーズ史上最短の短さで、8割がた読むまでは連続殺犬事件(解決もしょーもない)と過去作の事件の話題が出るだけであとは安藤と留美にちょっかいをかける主人公の日常を描いただけのお話です。といってもそれで自意識の溢れ具合だけで楽しく読めるからこの作者はすごい!あと主人公が映画ファンなのでアンタッチャブルとかファイトクラブとか好きな映画の話題がちょいちょい出てきて面白かったです。またこの作品のストーリー自体も私の好きなM・ナイト・シャマラン監督による「アンブレイカブル」へのオマージュになっていて嬉しかったです。

で、終盤になってようやく物凄いことが起きるんですけどこれがまぁひっどい!(褒めてます) どうして急にそんなことになっちゃったのかよく分からないですけど絵面的にインパクトありすぎて笑いながら泣きました。なんじゃこりゃ。
ここまでいっちゃうともう今後シリーズをどういう方向に持っていくのかまるっきり謎で次作が楽しみです。ファーストシーズンは次作が最後......。とはいえ、どう考えても次作でなにかが解決するわけじゃなさそうですけどね。

浦賀和宏『記号を喰う魔女』安藤直樹シリーズその5


記号を喰う魔女 (講談社ノベルス)

記号を喰う魔女 (講談社ノベルス)



安藤直樹シリーズ。本書は、もう完全にぶっ壊れてしまっている人たちのお話。彼らの狂気に恐ろしくなる一方で少し憧れてもしまいながら読みました。
時系列としてはシリーズで最も前。安藤裕子の中学生時代、以前の作品でも少し触れられているエピソードを描いた外伝とか過去編という感じの作品です。

まず目に付くのは文体ですね。今まではわりと平易な言葉で読みやすかったのですが、本作はあの小林が終始ぶっ通しで語り手を務めているせいか、妙に難しい言葉が多く読みづらかったです。それだけならまだしも、誤字や脱字はいつもより多いくらいだったのもつらいところ。それでも一気に読めるのはストーリーの面白さを証明しているとも言えますが......。

内容はもはやミステリではなく青春バトルホラー、例えるなら高見広春バトル・ロワイアル』にカニバリズムを塗りたくって浦賀色にしたような雰囲気といえばなんとなく伝わるかと。なんせ1行目が「子供は親の食べ物じゃないよッ!」ですからね。全編に渡ってカニバリズムに溢れています。

そしてなんといっても今回は完全に小林くんの一人称で描かれる安藤裕子への恋が見どころで、そこからこれまであまり語られなかった安藤裕子という少女の人となりが見えてきます。まあぁ~~憎ったらしいですけどね!でもそんなところが可愛い。小林くんが夢中になるのも分かりますね。中学生なら好きだったよこういう子。と、思っているとどんどんエグいことになってって最終的に「まじかよ、ひくわー」と思いましたけど。しかし、『頭蓋骨の中の楽園』で彼はここに囚われていたのかぁ、と感慨深くなり、むしろ『頭蓋骨の中の楽園』への評価がますます上がりました。

『頭蓋骨~』『とらわれびと』でどんどんミステリっぽくなってきたかと思った矢先になんとも形容し難い本作が出てきたのでほんとに一筋縄ではいかんシリーズだなぁと思いましたが、シリーズファンなら過去作との関連もあって楽しいと思います。