偽物の映画館

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三津田信三『碆霊の如き祀るもの』読書感想文


刀城言耶シリーズ、前作より6年ぶりの第七長編。
元は刀城言耶シリーズのつもりだった炭鉱もののホラーミステリが『黒面の狐』として出されたこともあって期間が空きましたね。というか、むしろそれ以前の年1冊ペースでこの濃厚なシリーズを出版していた状態が異常な気もしますが......。

ともあれ、ファン待望の新作なのです!




断崖に閉ざされた五つの村からなる強羅地方。そこに伝わる「海原の首」「物見の幻」「竹林の魔」「蛇道の怪」の四つの怪談。
強羅地方へ民族探訪へ向かった刀城言耶と祖父江偲は、四つの怪談をモチーフにしたかのような連続殺人に巻き込まれ......。




というわけで、まずは目次を見てびっくり。冒頭120ページにわたって、事件のモチーフとなる四つの怪談がみっちり語られているんです。
ほうほうと思って読んでいくと、この怪談パートがもう単独で怖い。
それもそのはず。著者の三津田さんは怪談短編集も何冊も出している怪談作家としての面も持っているので、長編ミステリの冒頭に前振りとして書いただけではないクオリティなのも肯けます。
現代ものの怪談も上手い著者ですが、本書に収録されているのは江戸、明治、戦前、戦後と、平成末期の今から見るといずれも時代もののしかも山奥のど田舎を舞台にした話ばかりで、もうページを開いた瞬間に怪異の芳香が匂い立つような"いかにも"さがステキです。
前半二話は現象よりも大自然そのものへの畏怖が、後半二話は怪異の恐ろしさがそれぞれ主体になっているので四話分立て続けに怪談を読んでも飽きないところも良いです。

さて、一方で刀城言耶が登場してからは、実を言うとちょっと物足りない気がしましたね。
というのも、本作の事件編はシリーズ中ではかなり軽めかつ普通な気がしてしまうのです。
軽いというのは、祖父江偲さんと大垣秀継くんと刀城言耶先生のトリオ漫才に、巫女さん美少女も登場でラブコメにまでなってしまいキャラノベちっくな会話劇が多いのが一番の要因ですね。祖父江偲さんは可愛くて大好きなのでもちろん嬉しいんですが、現場にまで着いてきてぐいぐい前面に出てくるとこうなっちゃうんですよね。短編ならそれで問題ないんだけど、長編はねぇ......。
また、そもそもタイトルにある碆霊という怪異の存在感が事件編では薄く、村の人たちの視点からの描写も冒頭の怪談以外はなく、村の人たちがわりとみんな優しいので、これまでの作品のような圧倒的な世界観はないような気がしてしまいました。まぁ優しいのはいいことですけどね......。でももうちょいこう排他的だったり偉そうな有力者がいたりとかはね、してほしいよ......水魑のクソジジイとまでは言わないけど......。


とは言いつつ、事件そのものは一度起きると立て続けで、その内容も「出られるはずの竹林の中で餓死した男」などインパクトの強い不可能犯罪ばかり。さらに村に伝わる怪談の見立てという目的の分からない装飾も不可解かつ不気味で、真相が気になることは請け合い。
ただこのシリーズが異様なまでの傑作揃いだから期待が大きくなっちゃっただけで......などと、解決編の前からなかなか辛口な感想になってしまいましたが、さて解決編はというと......。



うーん、これまた難しい......。
事件の真相についてはかなりオーソドックスなミステリといった感じ。個々のトリックも犯人の正体も面白いし、積んでは崩してを繰り返す賽の河原式推理法もいつもながらに知的好奇心をくすぐってくれますが、全体を貫く驚きのメイントリック!というのがこれまでの作品に比べると弱いんですよね。それぞれの事件のトリックで「ほう」とは思わせてくれるものの小技の積み重ねの感が強いですね。ユーモア色が強いことも併せると、どちらかといえば同シリーズの短編に近い読み心地でした。それはそれで好きなんですけど。

また、見立て殺人ものとして(ネタバレ→)実は見立て殺人じゃなかったというのはうーん、と思ってしまいます。ただ、そこから事件の捉え方自体が二転三転していき最終的には早坂吝のデビュー作みたいなことになっちゃうのは笑いました。
また、本作のもはやメインのネタといっても過言ではないのが驚きの"動機"でして、これは流石に「どっひゃー!」とひっくり返っちまいましたね。こういうネタは凄く好きです。


まぁ、そんなこんなで解決編も面白いけど期待したほどじゃなかった......というのが正直な感想ですが、しかし最後の最後に今まで茫洋として正体の見えなかった「碆霊」が強烈な存在感を持って姿を現わすのにはゾクッとしました。この部分のホラーとミステリの融合のさせ方だけはもしかするとシリーズでも最高なのではないかと思います。
結局これのせいで、終わりよければ全て良しとばかりに「いいもん読んだなぁ」という気持ちで本を閉じることができたわけです。

というわけで、偉大すぎるシリーズの名前を冠しているから不当な物足りなさを覚えがちですが、とはいえホラーミステリーとして十分以上に面白い傑作であることは間違いないと思います。また祖父江偲さんが可愛いので祖父江偲さんのファンの方は祖父江偲の可愛さを愛でるためだけでも祖父江偲さんを読んでみてください。はぁ、好き......。