偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

浦賀和宏『とらわれびと』安藤直樹シリーズその4



安藤直樹シリーズ第4弾。
今回は、大学病院で起こる現代の切り裂きジャック事件に、留美ちゃんとその友達の亜紀子ちゃんが遭遇するお話です。

前作からオーソドックスなミステリに近付いてましたが、今作はさらにその感が強まった気がします。
というのも、内容が猟奇的な連続殺人というのはもちろん、本作ではこれまでのシリーズに濃厚にあった恋愛小説要素が減っているんですよね。これまでの作品がノベルスで500ページほどあったのに対し、本作は366ページ。分量が減ったぶん、執拗なまでの拗らせ描写が縮小されたということでしょう。メインの視点人物である亜紀子が(酷い目にはあっていますが)あまりうだうだとつらさをぶちまけないのも大きいです。ただ、これまでの作品のそういううだうだした部分に惹かれていた身としてはかなり残念というのが正直なところです。

とはいえやっぱり登場人物に不幸を背負わせる手腕は健在で。『記憶の果て』に登場して最後にはボロボロになった金田くんが、再登場したと思うやさらにボロボロにされてもはやサイコサスペンスになってしまうところは読み応え抜群。ちょっと狙いすぎな気もしますが、狂気に堕ちていく描写はやはり一気に読ませてくれます。なぜここまで登場人物に地獄を見せなければならないのか。これからシリーズが進むたびに全員どんどん不幸になっていくのかと思うと楽しみでもあり怖くもありますね。浦賀和宏、恐るべし。

ミステリとしてもオーソドックスなミステリらしさは濃いものの、これまでの作品の衝撃に比べると少し落ちる気はしてしまいます。
切り裂きの動機は歪んでいて面白いものの、狂気に振れすぎていて共感出来なかったのが残念です。過去作では歪んだ動機なのにどこか共感してしまう危うさが魅力だったので。また、設定が異様なせいで動機にもなんとなく見当がついてしまうというのも。
また、メインの仕掛けは作中でも触れられている通り伏線が弱くて唐突。もちろんその唐突さが良さでもあるしインパクトは大きいのですが、そこまでの話との隔たりが大きくて置いてかれた感もあります。ただ、安藤直樹の登場シーンは強烈。『夏と冬の奏鳴曲』におけるメルカトル鮎みたいな存在感を放っていて 、あの一瞬だけで忘れがたい印象を残します。。

前作までが数年前に突如文庫化されたのに今作以降は文庫化されないままですが、正直なところそれもむべなるかなという感じでしした。とはいえエンタメとしてめちゃくちゃ牽引力があって狂気があって衝撃があるのには変わりなく、シリーズファンとしては今回も楽しませていただきました。

どうでもいいけど表紙におちんこついてるのは人前で読みづらいのでやめてほしいです

浦賀和宏『頭蓋骨の中の楽園』安藤直樹シリーズその3






大学生になった安藤直樹が登場する、シリーズ第3弾です。


穂波英雄は菅野香織に片想いをしているが、ある日菅野は首斬り殺人の犠牲者になってしまう。失意に暮れる穂波の前に、菅野の婚約者の刑事・田上が現れ、「香織を殺した犯人探しを手伝ってほしい」と告げる。笑わない男・安藤直樹は、他人の死など興味がないと嘯きながらも事件に関わることになる。やがて、第2、第3の首無し死体が発見され......。


というわけで、これまでの2作品とは異なり、外見上はかなりオーソドックスな、いっそありがちと言ってもいいほどミステリらしいプロットの作品です。実際ミステリとして読んでも素晴らしい出来になっているのですが、それでもこれまでの2作品にあったつらい恋愛小説の側面は些かも損なわれていないのが凄いです。

大学生編ということで、新キャラが多数登場します。
多視点からの物語にはなっていますが、メインの語り手は安藤の友人である穂波英雄になっています。当然読者は穂波くん視点で物語の大半を見ていくことになるわけですが、その点、彼の普通さは非常に感情移入しやすいと思います。そんな彼に作者が用意したのが最初からどうしようもない恋。彼女には自分じゃ敵いっこない彼氏がいる上に殺されちゃうんですからね。つらいです。
そして、彼が普通な代わりに、彼以外には変な人がたくさん出てきます。The妹に、レズの美人に、ミステリ嫌いのミステリ作家に、異様な自殺をした作家に、昭和風刑事とモデル風刑事、そして笑わない男・安藤直樹。普通な穂波く んの目から彼らを見ることでキャラのエキセントリックさが際立っていたように思います。
特に、作中のミステリ作家の、ミステリ、ひいてはミステリファンへの憎悪には、いちミステリファンとしてなんとも居心地の悪い気分になりました。私みたいな書評サイトや書評ブログってのをやってるミステリファンは死にたくなること請け合いです。

一方、そうは言いながらミステリとしては、京極堂シリーズを彷彿とさせる、様々な要素が複雑な因果関係を織りなしながら大きな流れを作る構成が凄かったりします。その要素ってのが主に恋愛やセックスの関係なので、今までの作品のような拗らせ恋愛小説面もよりバラエティ豊かにばっちし取り揃えられていました。さらに、満を持して明かされる首斬りの理由も強烈。メチャクチャなのにここまで読んでくると不思議な説得力を持ってくるのがいいですね。

更に前の2作との関連ももちろんあります。読んでる間はこれまでのキャラは安藤しか出てこないし、その安藤も事件のちょっと外側に立ってる第三者的立ち位置なのでこれまでのシリーズの内容と結びつきませんが、最後まで読んでみるとちょうどいい塩梅であの人やあの人が絡んできてシリーズファンには楽しい作りになってます。双子のような前の2作から次の展開へとシリーズを進める橋渡しの役割のある作品なのかな、と。シリーズの続きをまだ読んでないので知りませんが。
そんなわけで、これまでの安藤シリーズの魅力に、分かりやすいエンタメ性とキャラや要素の過剰さが加わった傑作です。

浦賀和宏『時の鳥籠』安藤直樹シリーズその2


時の鳥籠(上) (講談社文庫)

時の鳥籠(上) (講談社文庫)

時の鳥籠(下) (講談社文庫)

時の鳥籠(下) (講談社文庫)



『記憶の果て』に続く安藤直樹シリーズ第2弾......というより、『記憶の果て』のB面のような小説といった方が本作の内容に近い気がします。というのも、この作品に安藤直樹は直接的にはほとんど登場しないからです。本作は『記憶の果て』に登場した2人の女の物語であり、『記憶の果て』への壮大なプロローグなのです。

若手救急救命医の甲斐は、急患で運び込まれ一度は心肺停止に陥った女性を救う。彼女は記憶を失っており、甲斐は彼女を自分の住むアパートに引き取ることにする。
甲斐に救われた女はやがて思い出す。自分がある少女を救うために未来から送られてきたことを。
一方、甲斐の友人である宮野は、人生の成功者である甲斐を羨みながら自らの悪癖を持て余す。

というわけで、上記3人のメインキャラの視点から物語は進んでいきます。前作では浦賀作品特有のつらさが安藤直樹1人に集中していたのに対し、本作では4人のメインキャラに均等に置かれているのでよりつらかったです。その分話の焦点も分散して最終的に何がしたかったのかいまいち分からなくなっている感もなきにしもあらず。しかし、全体のまとまりなんかどーでもいいんです!ただただ語りが面白い(つらい)のを楽しめばそれでいいのです!個人的にはやはり宮野くんにかなり感情移入しちゃいました。元カノとのエピソードもつらいですね。
また、「地球の夜にむけての夜想曲」が美しいです。本書全部読み返すのは長いし大変ですけど、ここだけこの先何度か読み返しそうな予感がしますね。好き です。

あと、今作では音楽についてかなり多く語られていて面白かったです。YMOは前から好きでちょいちょい聴いていたのですが、キャッチーな『Solid State Survivor』ばっか聴いてるので「『RYDEEN』はお子ちゃま向け」ってのにはショックでしたw ただ、改めて『BGM』や『Technodelic』を読みながら聴いてみるとやっぱいいわーと思いましたね。大人になったのかな。

ミステリとしては、トリック自体はちょっとちゃちいですけど、そこから浮かび上がる犯人の動機にはやられました。あまりに狂っていて、あまりに残酷でありながら、物凄い純愛に貫かれた動機には泣きそうになりました。

浦賀和宏『記憶の果て』安藤直樹シリーズその1

えー、こないだ幻冬舎から安藤直樹シリーズ2ndシーズン、またの名を萩原重化学工業シリーズの『萩原重化学工業連続殺人事件』『女王暗殺』が文庫化されました。
で、この2冊をここんとこずっと読んでるので、この2冊の感想を書く前に昔書いた1stシーズンの方の感想をそのままブログの方にまとめときます。



記憶の果て(下) (講談社文庫)

記憶の果て(下) (講談社文庫)


メフィスト賞を受賞したデビュー作にして安藤直樹シリーズ第1弾です。
自分はこれ好きだろうなとずっと思っていつつなんとなく読むタイミングを逃していましたが、ついに読みました。まぁ結果的には正解で、非常に私好みのお話でした。

高校を卒業して大学に入る前の春休み、父親が自殺した。安藤直樹は父の書斎をふと覗いて、そこに奇妙なPCがあるのを見つける。そのPCは、起動すると〈私は裕子〉と名乗り、直樹の打ち込んだ文字と会話をした。裕子は人工知能なのか?父親はなぜこんなものを持っているのか?疑問を抱きながらもやがて直樹は実体を持たない「裕子」に惹かれていく。
というわけで、SF青春恋愛ミステリ、しかも浦賀先生だから当然(?)暗いやつ。最高ですね。

しょっちゅう言ってますが、浦賀作品の魅力はエモい文章だと思います。私は文章の上手い下手が分かるほど賢くはないのですが、好き嫌いくらいはあります。そして浦賀先生の文章はもう確実に好き。大好きです。この作品は主人公・安藤直樹の一人称で書かれていますが、彼は高校を卒業し、まだ大学に入る前の春休み中。もう子供じゃないけど大人にもなりきってない年頃で、高校生でも大学生でもない宙ぶらりんな状況。そんな彼の語りには、自分を制御しきれないような青臭い焦燥感があります。それがそのまま文のスピード感にもなっているため非常に読みやすい文章でした。そして、自意識と自分への嫌悪感が入り混ざった思考の醜さよ。しょーもない失恋にこだわって、代用品を探して、理屈を 言い換えて誤魔化している彼の姿はそのまま私自身のことを見ているようでイライラさせられますが、めちゃくちゃ共感しちゃうんですよね。文章が平坦すぎて読みやすい作家なら思いつきますが、ここまで気持ちをゆさぶってくるのにここまで読みやすい作家は他に思いつきません。

また、ミステリ部分についても、めちゃくちゃ面白いと思います。要するに安藤直樹とその家族の秘密を探っていくだけの話なのですが、それだけの筋につらみ成分をふんだんに配合した二転三転が繰り広げられます。さらに、その果てにある、いわばメイントリックとなる真相も、ここまでの物語とも相俟って衝撃的でした。とともに、(ネタバレ→)結局人は自分しか真に愛することはできないのかという諦念に襲われました。それに関連して、金田くんによる安藤の恋心の謎解きも「お前、それはその通りだけど、言っちゃダメでしょ」って感じ。この辺の恋愛に関する描写がいちいち自分のことを言われているようで傷付きました。私は今まで、好きな音楽や映画によって(小説はミステリしか読まないから別ですが)恋愛が人生の全てだと思わされてきましたが、このつらい小説を読んで生きている意味を見失いましたよ。ました。読みながら何度首を吊りたくなったか......!精神が疲弊してる人は読まない方がいい作品だと思います。死にてえ。

それから、本作のもう一つの魅力として音楽やミステリに関する描写があります。
YMOの曲で最も有名な「Rydeen」が重要な役割を担っています。YMO、ファンって名乗ると怒られそうなくらいのにわかですが好きではあるので、あのシーンほんとに、なんというか、まぁ、つらかったですねぇ。
ミステリに関してはかなり辛辣なことが書かれていて笑いました。名探偵という存在に魅力を感じたことがないという安藤直樹の語りはミステリファンからしたら驚きでしたね。「俺はそんな名探偵が登場するたびに思っていた。お前が最初に殺されればいいのにと」だそうです。
ちなみに、音楽ネタは『時の鳥籠』で、ミステリ(ファン)へのディスは『頭蓋骨の中の楽園』で、それぞれより深く描かれます。

というわけで、インモラルな題材満載のSFミステリにして、拗らせまくった青春恋愛小説にして、音楽愛とミステリへの憎しみの叫びでもある、浦賀小説としか言いようのない作品です。
ちなみに、作者の年齢で作品の評価が変わるわけじゃないですけど、作者がこれを書いたのは19歳の時だそうです。凄いですね。作中の描写を見る限り私みたいな劣等感と自己愛の塊なのではないかと思いますが、勝手に自分を重ねてしまうからこそ自分にはない才能を持つ浦賀和宏に嫉妬してしまいます。

キングスマン : ゴールデン・サークル

私は有言不実行の男です。
キングスマン」を観た時、「続編は映画館で見る!」と豪語しておきながら、見事にレンタルを待って借りて観ました。......しょうがないよ、落ち込んでる時期だったもんっ。
というわけで、あの傑作の続編なワケですが......。


製作年:2017
監督:マシュー・ヴォーン
出演: タロン・エガートンコリン・ファース
ジュリアン・ムーアマーク・ストロングハル・ベリーチャニング・テイタムジェフ・ブリッジスエルトン・ジョンペドロ・パスカル

☆3.6点


〈あらすじ〉
俺は高校生探偵チャーリー。世界を滅ぼすDJパーティーに遊びに行った帰り、黒ずくめのカウボーイたちの怪しい取引を目撃してしまう。人肉ハンバーガーに夢中になっていた俺は背後から忍び寄るもう一人の(中略)
咄嗟に鋼ーー鋼の錬金術師!!と名乗り、仮面ライダーエルトン・ジョンのライブハウスに転がり込んだ。
ところがこのエルトンとんだヘボ歌手で、見かねた俺はおっちゃんになりかわりカントリーロードで全米ヒットチャート首位獲得。
ゾイド犬が前足を立てて溶鉱炉に沈むシーンは涙なしには観られませんでした!
さぁ、終わりを始めよう......。





「残酷に過ぎる時間の中で
きっと十分に僕も大人になったんだ」(Mr.Children『HERO』より)



......はい、とりあえずは、前作同様、秒でアガるコミカルアクションお下劣紳士ムービーでした。
傑作の続編というものは、圧倒的に有利な点と圧倒的に不利な点を抱えていますよね。

有利なのは、観客が見る前からキャラに愛着を持っていること。
不利なのは、単体でどれだけ面白くても、それだけでは満足させられないこと。

美しいものとは、終わるから美しいのです。
前作はそれ単体で美しく終わっていました。まぁ一部本作への布石があったことは確かですが、それを抜いたら単体の映画として見事に完結していたんです。
それを再び動かすワケですから、期待値が大きくなるのは当然の助動詞。
その点本作は、十分以上に面白かったけど、あの傑作の続編としては有利な点を捨てて不利な点を強調しているように感じてしまいました......。



「違う 僕らが見ていたいのは希望に満ちた光だ」(Mr.Children『HERO』より)

まず、冒頭、発端がありえなくないですか......っ!怒った!俺は怒ってる!
別にキャラクターが死ぬのは良いよ。でもね、大事なキャラをここまで簡単に殺すのはどうなのさ!本当に簡単ですよ。カップヌードル作る方がまだ手間がかかるくらい楽チンに死にましたよ。DVDを入れて3分待つだけですよ。そんな酷いことありますか!しかも死ぬ意味があんまない!好きなキャラが死ぬんだから、せめてダメな映画を盛り上げるために捨ててくださいよ!こんなあっさりじゃ盛り上がりすらしないよ!
というわけで、冒頭いきなりファンを挑発する姿勢、これもキングスマンの悪趣味さと思えば許せなくもないけど、たとえ神様仏様が許しても俺は許さないぞ!



「でもヒーローになりたい ただひとり君にとっての」(Mr.Children『HERO』より)

あと、もう一つイマイチだったのが、主人公の恋愛模様で。まぁそりゃ誰を好きになろうと自由だし彼女を思う気持ちの熱さは素敵ですが、観客からしたらその前に「誰よこの女!?」という感じで。いやまぁ誰かは知ってるけど、彼女がぽっと出の新キャラに近いキャラクターなわりに今作でそこまで魅力的に描かれていないので「彼女を守る!」みたいな展開にも乗り切れず、主人公の戦う理由がこっちまでは伝わって来なかったなぁという気がしますね。



「そして最後のデザートを笑って食べる
君の側に僕は居たい」(Mr.Children『HERO』より)

もう一つだけいまいちな点を。
最後、あんま盛り上がりませんでしたね?私だけ?
前作はもう最後の最後にド派手なアレをぶちかましてくれたから、終わりよければ全て良し......というかラストで印象全部塗り替えるくらいエモかったわけですよ。
ところが今作はむしろその逆で、序盤から畳み掛けるように派手にドンパチやって、最後ちょっと疲れたんかなって感じの失速を見せて終わるから......。これが序盤退屈で最後凄いだったら印象も変わるんですけど、やっぱクライマックスで盛り上がり切らないのはもにょもにょしますね。



「ただこうして繰り返されてきたことが そうこうして繰り返していくことが 嬉しい 愛しい」(Mr.children『HERO』より)

とまぁ散々クサしといてからにこんなこと言っても白々しいですけど、めっちゃ面白かったですよ。はい。
要は続編への期待を微妙に外してくるからちょっとフクザツな気持ちになっちゃうだけで、ひとつのアクション映画としては普通以上にやっぱり面白いんですよね。

前作からの上品な紳士のユーモアと下品なエログロギャグを両立させる独特なコメディ世界観は健在。
セックス(未遂)、ドラッグ、バイオレンスのエンタメ三点セットもきちんと揃え、仮面ライダー エルトン・ジョンまで見られるサービス精神はステキ。エルトンが親指を立てて溶鉱炉に沈むラストシーンは涙なしには見られませんでした。
そんなこんなで、なんだかんだこのシリーズのお下劣紳士アクションというやり口は好きなんですよね。だから次回作(どうせ作るんでしょ)こそは映画館で観たい......。それまでに別れてなければ、デートで (。・ ω<)ゞてへぺろ

ザ・フライ

1958年の『蠅男の恐怖』のリメイクです。
リメイクとは言っても、そこは天下のクローネンバーグ大先生でして、ストーリー展開もテーマも見事に換骨奪胎して現代風にアップデートされています。
まぁ正直私はシンプルなラブストーリーだった前作の方が好みではありますが、こちらの方が現代人が見て身につまされるお話ではあると思います。


製作年:1986
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ジェフ・ゴールドブラムジーナ・ディヴィス

☆3.7点

〈あらすじ〉
記者のヴェロニカは、物質転送装置を開発した科学者・セスを取材する。
二人はやがて恋仲になり、ヴェロニカの助言によってセスは装置による生物の転送に成功。
しかし、その後ヴェロニカと彼女の元恋人の関係に嫉妬したセスは、酔った勢いで自らの体で実験を行ってしまう。その際装置に一匹の蝿が紛れ込んでしまい......。




オリジナルとの大きな違いは時系列と蝿化の進み方ですね。
オリジナルでは蠅男の妻の回想(独白)という形で話が進み、蠅男は一発で蠅男になっちゃいました。一方、本作では時間は現在進行形で、徐々に蠅化が進む恐怖を描き出しています。
そのため、オリジナルには空想科学小説的な味わいが強く、本作は現代人の等身大の生きる苦しみを描いた寓話のようになっています。


そもそも、主人公が蠅男になっちゃうワケが、もう完全に自業自得というか、「バカだなぁ」と思っちゃいますが、しかしながら人間はバカであるからして、一匹のバカな人間に過ぎない私にはとても感情移入もしてしまうものであったのでした。
モテなくて自分が特別な人間であると嘯いてしか生きられない孤独な男。そんな彼が初めて知った愛とそこからくる嫉妬に耐えきれずにヤケになるのはリアルな感情の流れで、物語の発端であり根幹のこの部分がリアルであることでお話全体にただのB級ホラーではない説得力が生まれます。

蠅化していく過程にしても、ビジュアル面の生々しさはもちろん、二人の関係と主人公の孤独を軸に描いているため、心理的にも生々しくエグくて胸が締め付けられます。
極めつきはラスト。めちゃくちゃ切ない恋愛映画であり、人類の未来を描いたSFのようでもあり、もちろんグロテスクなホラーでもある、見事な結末です。
様々な受け取り方が出来るあのラストによって、本作はリメイクでありながら原作とは全く異なるテーマを孕んだ非常にオリジナリティの高い映画になっていると思います。

森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』読書感想文

もともと森見登美彦は好きなんですが、ミーハー気質なので映画化決定と聞いたらむらむらと読みたくなって読みました。


ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)


森見作品は感想を書きづらいことで有名(私の中で)なので、今回も例によって手短に済ませます。


〜あらすじ〜
ここのところめきめきと頭角を現している小学四年生・アオヤマくん。彼の住む街に突如ペンギンが発生。勉強熱心なアオヤマくんはペンギン発生の原因を研究することにする。
研究を進めるうち、アオヤマくんは仄かな憧れを抱いている歯科医院のお姉さんとペンギン現象に関連があるらしいと気づき......。



森見作品にはわりと珍しく(な気がする)小学生が主人公ということで、同じく少年が主人公の『有頂天家族』(こちらは狸ですが)に近いほのぼのとした雰囲気があります。似ているといえば、少年が年上のお姉さんを慕っているところも(ちょっといぢめられるところも)似てるかもしれません。
ただ、ペンギンが出たりはするものの、こっちの方が現実寄りではあるので、まるっきりファンタジーとして傍観者の視点で読んだ『有頂天家族』よりも、主人公に感情移入しやすかったですね。

......いや、カマトトぶるのはやめましょう。私が本作の主人公アオヤマくんに感情移入出来た一番の原因は、やはりおっぱいを愛しているからでしょうね。
アオヤマくんは毎日おっぱいのことを考えています。しかし、

お姉さんのおっぱいを思わず見ていることがぼくにはある。いくら見ていても飽きないということがある。触ってみたらどんなだろうと思うことがある

そう、彼のおっぱいに向ける眼差しはとても純粋で、彼の目を通してお姉さんのおっぱいを見ると、我々が性欲に塗れて忘れてしまったおっぱい本来の美しさと神秘性が見えてくるのです。
私たちはいつの間にかおっぱいを純粋に見ることができなくなっていました。この作品を読んだことで、小学生の頃憧れたおっぱいの美しさを再び思い出せた気がします。これからはおっぱいを大事にして生きていこう、と実感するきっかけになりました。ありがとう、アオヤマくん......。



というので終わるのもアレなんでストーリーについてもちらっと。
基本的にはアオヤマくんが夏休みを使ってペンギンの謎を追うのが主軸なのですが、そこは森見登美彦ですからミステリーのようにはならず、話は脱線を繰り返しながらゆるやかに進んでいきます。また、ペンギン以外にも色々と怪現象が起きてどんどんヘンテコなものが増えていきます。
しかし、最後まで読んでみると、なんとなーく全てがふわふわっと収まって謎の感動が産まれるからステキですね。
切なくもあり、それでも前に進んでいくという力強い希望も見えて、この読後感がそのまま夏休みが終わる時の気持ちにそっくりなんですよね。それも、一夏の恋を経験した夏休みの......ってそんな経験ないですけどね。

私はもう大人なので夏休みはありませんが(正確には1日だけあったけどもう終わったよ......)、この本を読んでなんとなく夏休み気分を満喫できた気がします。いや本当は気分じゃなくて実際に休みたいですけど......。
そんなこんなで、夏休みを満喫する子供たちに、また夏休みへの渇望を抱える社畜たちにぜひともオススメしたい夏の一冊です。映画も見る。