偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

浦賀和宏『透明人間』安藤直樹シリーズその7

透明人間 (講談社ノベルス)

透明人間 (講談社ノベルス)

幼い頃、理美は透明人間を見た。それから少しして、理美の父は雪が積もる神社の境内で不審死を遂げた。状況は殺人とみられたが、周りの雪には父本人と発見者の理美の足跡しか残されていなかったのだ。
それから10年、理美は自宅地下に秘密の研究所があったことを知る。そこへ父の同僚らが研究データの捜索に訪れる。しかし彼らは次々と殺害されていき、理美と恋人の飯島は地下に閉じ込められてしまう。

魔法なんて実在しない、だからこそ人はファンタジー映画を観ます。
見立て殺人なんてよっぽど起こらない、だからこそ人は横溝正史を読んで赤い夢を見るのでしょう。
同じように、純愛なんて存在しないからこそ、私はこの純愛小説を読んで泣きました。泣きました。

主人公は自殺未遂を繰り返す女の子。本書のミステリとしての本題は冒頭の日記に描かれる主人公の父親の雪密室、そして中盤以降の地下研究所での殺戮劇ですが、その間でどさっと主人公の自殺未遂歴と飯島とのエピソードが語られます。はっきり言ってここが終盤以前のハイライト。死にたい死にたいと思いながらも本当に死ぬ勇気はない人間にはなかなかクるものがあります。わざわざアレで首を吊ろうとするところとかね、ほんとに。
その後地下室に閉じ込められて事件が起こりはじめてからはサスペンスとしてぽんぽん話が進んでいくのでそれはそれで面白いんですけど、やっぱりうだうだと悩む描写が上手すぎてサスペンスはオマケに思えてしまうところはありますね。まぁ閉じ込められたら閉じ 込められたで、また彼女はうだうだと悩みはじめるのでなんだかんだ面白いですけどね。

本作では解決編で名探偵を嫌悪していた安藤直樹がもうバリバリ名探偵として推理を語るのも大きな見所です。
ただ、トリックに関しては正直あれとあれを使ったなっていうのは分かってしまいます。あまりに不可思議な状況だと逆にそれを成立させるにはあれしかないってなんとなく推測できちゃう現象、ありますよね。というかどう見てもあれはあれするでしょ。ここがもうちょい独創的だったらなぁというのが玉に瑕。

とはいえ、その後の結末があまりにも好みドンピシャに面白かったので安藤くんなんかもはやどうでもいいですけどね。
本を読んでいてゾワッとすることって最近は特にあんまりないんですけど、このラストはキましたね。ええ。「まさかそういうこと!?」と思った時にはもうぞわぞわして、それが少しずつ語られていくのを読みながら今までの物語を思い出して震えました。エモすぎる......。そして最後の最後、泣きますよこれは。純愛なんてこの世にありえない。だからこそ、物語の中の純愛は切ないんですよね。
読了後、この曲を聴いたことは言うまでもありません。
YMO「Cue」