偽物の映画館

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辻村深月『かがみの孤城』読書感想文

辻村深月、『冷たい校舎の時は止まる』くらいしか読んだことがないのですが、あれは面白かった記憶があります。本作はそんな辻村さんの原点回帰的な作品だそうで、たしかにデビュー作である『冷たい校舎』に似た部分や、あれを踏まえて進化した部分が多いように思います。といっても『冷たい校舎』の記憶がほぼ消失しているので(読んだの7年くらい前だしなぁ)特に比較とかはしないです!しないんかーい。


かがみの孤城

かがみの孤城



ある出来事により不登校になってしまった中学生の少女・安西こころ。ある日、一人で部屋にいると、部屋の鏡が輝きだした。驚いて鏡に触れたこころは、鏡の中に引きずり込まれてしまう。
そこには、西洋風の城と、こころと似た境遇にある中学生たち、そして狼の面を被った謎の少女"オオカミ様"がいた。
"オオカミ様"はこころたち七人に告げる。「今年度中に城の中で鍵を見つければ、見つけた者の願いを叶える」
七人は戸惑いながらも協力して鍵を探すことにするが......。






上のあらすじのように、今作は鏡の中の城というファンタジー色の強い設定で、文章もさらっとライト、いかにもなジュブナイルですが、その実、かなりリアリティの強い青春小説でもあります。
「思春期の少年少女がそれぞれに何かを抱えながら閉じられた空間で協力して課題に挑む」という流れは『冷たい校舎』と共通で、なるほど「原点回帰」と言われるのも納得です。


内容について。
まずは「鏡の中の城で知らない子たちとともに過ごす」という設定が魅力的ですね。
この「鏡の中の世界に入る」っていう設定、ファンタジーの映画や小説で鉄板の設定ですが、一方でイマドキだとSNSなんかも連想させますよね。
鏡というのもファンタジーの小道具として鉄板であると同時に、スマホの画面を連想させなくもないし(スイッチが入ると光るとことか)......。とにかく、学校や職場など行かなきゃいけない場所以外の「逃げ場所」があってもいい、ということでしょう。優しい。

優しいといえば、説教臭さが全くないのも優しいですよね。
こういう作品って、ともすれば「頑張ろう!」「負けないで!」みたいな押し付けがましさを伴いがち、もしくはいじめや不登校を社会問題として描く側面を持ちそうに思えます。しかし、本作の場合は、つらかったら逃げてもいいし、嫌いな人は嫌いでいい、と生きづらい人間を肯定してくれるんですね。その上で、世界はそこだけじゃない、居場所は他にもあるかもしれない、と教えてくれる。そういうさりげない優しさがイケメンですわ。イケメン作家辻村深月
そういえば、嫌いな人は嫌いでいいって、尾崎世界観も言ってましたね。さすがイケメンバンドマン尾崎世界観


さて、話は変わりますが、物語の登場人物に感情移入する時って、だいたいは自分の知らない感情を追体験するか、自分の知ってる感傷に共感するかの2種類ですよね。この作品の場合は、(これが刺さる層の読者にとっては)バリバリの後者で、共感容易性が非常に高いです。共感容易性って言葉今作りましたけど。
共感しやすいお話っていうのは、雑に言うとあるあるネタなんですよね。
「学校行けない時ってお腹痛くなるよね〜」「あるある〜」
「熱血漢風の先生って大抵ゴミだよね〜」「あるある〜」
みたいに、全編にわたって短いあるあるネタを連ねたような......とまで言うと言い過ぎですけど、あるあるの連打になっていて、こういう細かい共感を積み重ねて、読者の登場人物への愛着を少しずつ固くしていくのが上手いです。
私としては、中学の頃2週間くらい不登校の真似事をしてた時の経験から、12月にこころが平日の昼に親にショッピングモールに連れて行ってもらう場面にグェッってなりました。あるある〜。

また、本作は主人公の一人称で描かれていますが、他のキャラクターたちの心情も主人公の目を通して丁寧に描かれているので、彼らの分まであるあるなのです。
他のキャラクターといえば、主人公の母親の描き方が印象的でした。主人公を心配しながらも、中高生の気持ちを忘れてしまったためなかなか上手く娘と分かり合えないっていう。大人になった今読むとこの母親の気持ちもちょっと分かるようになってまた面白いですね。はい。

で、この辺、メインキャラ全員の視点で長々と心理が描写されていた『冷たい校舎〜』に比べると格段に上手くなってる気がしますね。全員分律儀に描かなくても全員に感情移入させるっていう。そのためページ数も大きめの文字で500ページと(著者にしては)かなり短めになっていながら内容は濃い、作家歴の長さを感じさせる作品になってると思います。

そして、この作品の一番好きなところが、つらい境遇にいたことでみんなと出会えたってとこですかね。私ってば雌伏の時は無駄じゃなかった!系のお話(??)に滅法弱いんですな。それがあるからこそラストの感慨もひとしおってなもんで。良いですね。

おっと、忘れてましたが、ミステリ部分も案外良かったです。一番大きいところはたぶんミステリ読者なら誰もが中盤までには分かっちゃいますが、それでもその他細かいところの伏線回収がエグいので、最後でふぇ〜ってなります。偉そうに言ってるけど読書会でフォロワーさんに教えてもらうまで気づかなかった伏線もあり......うん、上手いです。

そんなこんなで、短さも含めての読みやすさと共感のしやすさから、現役中高生の世代に読んでほしい本だと思いますが、その一方で大人の読者にもあの頃の気持ちを思い出させてくれる作品です。
学校という空間のあの息苦しさや理不尽さを経験したことのある人ならば、現役中高生から大人まで幅広い層に響く作品だと思います。
とともに、学校に限らず、人間関係に悩む人全般におススメできる普遍性のある物語だと思います。
個人的には賞とかどうでもいいけど、まぁ一応本屋大賞ですし面白いことは保証されてますんでね。ええ。みんな読んで!