偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

西澤保彦『小説家 森奈津子の華麗なる事件簿』読書感想文

森奈津子シリーズ。
祥伝社文庫の中編「なつこ、孤島に囚われ。」、徳間文庫の短編集『キス』を一冊にまとめた再文庫化作品です。

内容としてはSF×ミステリ×エロスということですが、前半はコメディタッチ、後半はやや真面目な雰囲気と一冊の中で作風が大きく変わるのが面白かったです。
あとがきを読むと分かるようにテーマはかなり作者の内面が反映されたもののようです。そういう作品に対してよく「作者のマスターベーション」という表現がされますが、その点本書は作中の言葉を借りれば「良いオナニー」だったと思います。なんせ他人のオナニーを見る機会なんてそうそうないですからね。貴重な読書体験ですよ。

ただ、ラストの意味はよく分からなかったので、もし分かる方がいたら教えてほしいです......。



「なつこ、孤島に囚われ。」


エロ百合作家・森奈津子(※実在の人物です)は突然誘拐され孤島に置き去りにされる。意外にも島での暮らしは快適で、小説を書き妄想に耽りながらのんびりゆったり過ごす奈津子だったが、ある日隣の島で殺人事件が起き......。

これだけ以前の祥伝社版で読んだのでうろ覚えですが......。
中編であることもあり、内輪ネタ(主人公以外に牧野修倉阪鬼一郎なども登場!)とエロ百合ネタがメインのお遊びみたいな小説です。
しかし、うんうん頷かされる論理展開と、「1時間で読める中編ならギリギリ許せる」くらいの絶妙なバカ真相は(怒る人も多そうですが)私は好き。
むしろミステリ要素が思ったよりは強くて、エロ百合要素がもうちょい濃くてもよかったかなぁとすら思わされてしまうあたり......。



「勃って逝け、乙女のもとへ」

自殺を考える中年男・蛯原は、最後のにと訪れたフレンチレストランでシロクマ宇宙人と出会う。
宇宙人に懇願し、女とヤリまくれる身体を手に入れた蛯原は街を行く少女たちを次々と犯していくが......。

まあバカな話ですね。
主人公が死にたい理由や女とヤリまくりたい理由が、絶妙に共感できるラインで屈折していて西澤保彦らしさ全開です。
エロポイントとしては、射精の快感を無限に楽しめるというところでしょうか。相手の少女たちの描写はロクにないのですがとにかく射精しまくる様子が楽しそう。しかし、それをめちゃくちゃバカバカしく描くことでセックスの滑稽さを描き出しているあたりは作者の意図したテーマを露骨に表現していて面白いですね。ちょっと山田風太郎のエロ忍法帖とかにも通じるものを感じます。
ミステリ部分は「一応ミステリ作家だから真相とか用意しとくか......」程度の取ってつけたようなものだし最初から方向性はわかってしまいますが、想像するとなかなか笑えます。と共に恐ろしくもあり、「幸せな人生とは何か」という我々人間の永遠のテーマを考えさせられるところも良いですね。面白かったです。



「うらがえし」

小説家のわたしの元へ不審な電話がかかってくる。電話の主はわたしの部屋の中の様子が事細かに見えているらしく......。 / ウェイトレスの松島里沙は、学生時代に想いを寄せていながら同じ女に奪われた2人の先輩の息子たちを性的に調教していくが......。

この短編集のもう一つのテーマが「メタ」。この話は作中作もので、こっから単純なエロ百合ミステリじゃないメタネタが入ってくるのは好みが分かれそうなところですね。私はこういうのも嫌いじゃないけど、バカなエロ百合を期待してたので小難しい方向にいっちゃうのがちょっと寂しかったりも......。
もっとも、この話まではアホなダジャレネタやエロエロな官能小説としての側面もあって気楽に読めますけどね。
しっかし39歳ってエロいですよね......。
小説家 森奈津子の華麗なる事件簿


「キス」

中学生の夏、療養先の田舎の村で愛し合った少女。死んだはずの彼女を蘇らせるため、"わたし"はレディNこと森奈津子に会いに行くが......。

このへんからは深刻な雰囲気も加わって笑ってばかりもいられません。
一夏の恋を取り戻そうとする話が最終的にああいう着地を見せるのは驚きと同時に胸が締め付けられるような余韻が残ります。私は女が好きな男という謂わばノーマルと言われる嗜好の持ち主なのであまり共感とか理解が出来るとは言い難いのですが、それでも「幸せとは」というテーマにおいて本作は普遍的な一つの答えになっていて救われる気持ちです。



「舞踏会の夜」

で、最終話のコレなんですけど、コレがどうもよく分からなかったのは読み込み不足でしょうか。それともあえてモヤモヤが残る終わりになってるんですかね......?
内容は、シロクマ宇宙人が小説家デビューを目指してショートストーリーを書くというもの。作中作として何篇かのショートストーリーが挿入されていますが、これが作中で指摘される通りなかなか微妙な出来。まぁこれが今の大人気作家西澤保彦の習作時代の作品なのかと思えば「人気作家でも最初から上手いわけではないんだな」という感慨がありますが、なんにしろ読んでて面白くはない。
さらに、その後謎の「舞踏会の夜」の描写と色合いの違う作中作が出てくるに至っては混乱の極みです。
何か深い意味があるのか?それとも単にめちゃくちゃな短編集をまとめるための雰囲気作りなのか?というところからしてよくわからず......。
ただ、最後の作中作は本書のエロ百合以外の色んなテーマを短い寓話にしたような読み心地で、不思議な余韻は残りました。