偽物の映画館

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甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』読書感想文

KAWADEノスタルジック怪奇・探偵・幻想シリーズ。

甲賀三郎昭和13年に発表した長編本格探偵小説です。この年は戦時下の探偵小説自粛ムードがはじまる前年で、戦前の長編本格ミステリとしては最後に近いものだろうと思われます。
しかし内容はおどろおどろしく、戦争の影を感じさせない見事な娯楽作になっています。


蟇屋敷の殺人 (河出文庫)

蟇屋敷の殺人 (河出文庫)


路上に停められた車の中から首を切断された男に遺体が発見された。男は実業家の熊丸猛と思われたが、事件が発表されると本物の熊丸猛と名乗る男が署に乗り込んで来る。警察は男を怪しむが、彼には犯行時に立派なアリバイがあった。
探偵作家の村橋は、ひょんなことからこの事件に関わりを持つが、その過程で初恋の女性・松島あい子と再会し......。



理知的で科学的な本格探偵小説を提唱した作者なので、科学知識とガチガチのロジックを駆使した本格ミステリなのかと思いきや、意外にもおどろおどろしいギミック満載。トリックやロジックよりも、二転三転するプロットの面白さと読みやすさを追求したエンタメ作品でした。

まず、冒頭の凄惨な首切り事件が発見される描写からして、強く「俺は今探偵小説を読んでいる」という気持ちにさせてくれます。
そして、その後登場する主人公の村橋と、あい子と麻里子という2人のヒロイン、そして悪役の熊丸氏のキャラ造形が魅力的です。
なんせ恋愛こじらせ野郎なので、村橋という情けない小説家先生が両思いと思っていた年下の女の子・あい子ちゃんに拒絶される回想のシーンで、既に村橋先生に感情移入して「やっぱ女ってわけわかんねえ!」とか思っちゃいますよね。
一方、麻里子お姉様の奔放な感じには不快感に近いものを感じながらも、それとは逆にこの人に弄ばれてみたいという気持ちにもさせられます。
また、敵役の熊丸氏は、めちゃくちゃ怪しくてムカつく感じで、登場した瞬間からとても嫌いになれてしまう、良い悪役でした。

この辺のある種類型的ですらあるキャラ作りの上手さでガシッと掴まれてしまった時点で作者の術中ですね。


そして、それからの展開のスピード感が凄いです。
首切り殺人が起こるとミステリファンはどうしてもそれがメインになるのかと思っちゃいますが、本作における首切り殺人は冒険への入り口に過ぎないのです。そこからはじまる、恋した女性のために熊丸という怪しい男のことを調べる主人公が次々と怪事件に襲われるのがこの作品の見どころです。
また物語の舞台にしても、タイトルからてっきりガッツリ館ものかと思っていたら、蟇屋敷の外のシーンの方が多いくらいで移り変わりが激しいです。カフェエに連れ出すシーンや怪しいお寺のシーンなど、戦前レトロな探偵小説のいかがわしい雰囲気満点で印象的でしたね。

本作の面白さはこのような展開の移り変わりの激しさにあります。ではミステリとしてはどうかというと......。真相は正直なところ「え、それかーい!」というものですし、蟇屋敷の蟇の秘密は「え、そうだと思った!」という感じで、現在、ミステリとして読むと古臭くありきたりなものに思えます。
ただ、それでも犯人側が仕掛けるトリックの量はなかなかのもので、斬新な意外性こそないものの、ミステリとしても十分に楽しめる作品だと思います。

全体の印象としては、エンタメ方向に振り切っていて、読みやすさやヒロインのキャラ造形も含めて、ミステリというよりもサスペンス仕立てのライト文芸と言えそうな作品でした。
なので、戦前の探偵小説ファン垂涎なのはもちろん、イマドキのキャラノベとかが好きな人にも(手にとってさえもらえれば)受け入れられるんじゃないかと思います。

結論を言うと、カズレーザーさん、この小説をアメトーークで紹介してください!