偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

アブラハム渓谷(1993)


妻を亡くした医師のカルロスと結婚した少女エマ。結婚生活に満たされないものを感じる彼女は往診で留守がちなカルロスの目を盗んで他の男たちと関係を持つようになるが......。

オリヴェイラ監督没後10年の特殊上映にて観てきました。ほんとは他の作品も観たかったけど都合が合わず本作しか観られなかった......。
106歳で亡くなる直前まで映画を撮り続け現役最高齢映画監督として有名だった監督。本作の時点では最高齢ってこたぁないけどそんでも80代で200分超の大長編を作り上げたのは恐ろしい......。

さて本作ですが、まずはとにかく映像の美しさに圧倒されます。
冒頭1番最初に映る渓谷の景色とか、その次の電車の車窓からの風景とか、ロケーションそのものがもうズルい。
そしてカメラワークも古典絵画のような(絵に詳しくないのでどの時代とかは分からないけど......)中心線を意識した構図や補色を意識した色遣いが全編に亘って徹底されていて、全てのカットが文字通り絵になるような美しさなんですね。そもそも出てくる館にもモナリザをはじめ様々な絵画が飾られていますしね。あと花がたくさん出てくるのも綺麗で、指で薔薇を犯すシーンとか印象的ですよね。あと月夜にドビュッシーの月光が流れるシーンの明暗の強調の仕方も絵画っぽいなと思った。
なんせ200分ある上にストーリーはゆったりしててしんどそう......と思ってましたが、美しすぎる映像を眺めているだけで意外と観れちゃいましたね。
そんな本作、なんと93年の作品らしいですが、映像が格調高すぎてもっと昔かと思った......というか作中の年代も分かりづらくしてあって、どこかタイムレスでただ美しい世界......という感じでした。作中でも世界が俗っぽくなって抒情が失われている、みたいな言葉がありましたが、そんな失われた抒情を形として残すための映画のようにも思えます。

ストーリーはというと、主人公の少女エマが男社会なブルジョワ社交界で派手に暮らしながらも満たされない......みたいなお話。
愛とセックスについての議論とかがめっちゃ出てくるものの露骨なセックスシーンはなく仄めかすような撮り方になっているのも上品だし、その方がむしろエロティックで良かったです。
そしてやがて孤独や死というものがテーマになっていくところも良い。ぶっちゃけ貴族が賢しらな議論を繰り広げてばっかな内容には馬鹿馬鹿しさも感じるものの、それをエマも感じていて孤独を募らせていくようなところにはちょっとだけ共感を覚えました。
とはいえ、その心の裡は誰にも分からない、共感とか理解を拒むような彼女の在り方がカッコいいというのもあります。周囲の人間たちがみんなエマの破滅的な美貌にばかり注目する中で聾唖の洗濯女とだけ通じ合っているという絆にグッときました。それはそれとしてエマが本当に美しくて見惚れてしまいましたけどね......。そういう欲望の眼差ししか向けられないことで愛というのがよく分からないまま欲望を向けられることを欲望するしかなかったというのがつらい。
しかしエマの少女時代と大人になってからが全く別人なので最初は「え?こんな顔やっけ?」と思ったけど、それを「苦悩が彼女の美貌に深みを添えた」みたいな無理のある説明で乗り切ろうとしてるとこには笑った。いや、別人ですって。

あと場面ごとに好きだったところが色々あるので箇条書きでメモっときます。

・猫ちゃんをほかるシーン。酷いけどハッとさせられる印象的な映像でした。

・エマがバイクで郵便配達に来た少年に卑俗なことを言われるシーン。それまで貴族の優雅な世界を見ていたのが一転して我々の現実に近いものが入ってきてある種メタ的な感覚もありますよね。

・執事のおじさんが階段を降りながらボヤくシーン。なんか悲しいんだけど笑えてしまった......。

まぁそんな感じで、退屈しそうなのに没入して観られて人生の機微を描き切った優雅な超大作。しかし家で観てたら絶対寝てたしそもそも配信もDVDもなくて観れないから劇場に観に行ってよかった!ありがとうミリオン座。