偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

穂村弘『水中翼船炎上中』感想

エッセイばっかり大好きで歌集はあんまりちゃんと読んでこなかった(一応目は通したけど難しくて斜め読みしてた)穂村弘の前作から17年ぶりの第4歌集。

『シンジケート』『ドライドライアイス』は難しいし、『手紙魔まみ』はちょっと気持ち悪い......という感じで、エッセイが大好きなのに対して短歌はあんま分かってなかったんですが、本書は著者の年齢的なものなのか時代の流れなのか分かりやすい歌が多く、私みたいな初心者には読みやすく面白かったです。

また、栞には著者によるガイドまで載っていて、それによると最初の章が現在、そこから幼少期、青年期、親の死などを経て最後に再び現在に戻る形で著者のこれまでの半生を表現した1冊になっていることが分かります。
それによって、私からしたら人生の先輩である親世代の1人のおじさんの人生を追体験する面白さがあり、また各時代の流行りものとかもたくさん出てくるので、昭和40年代ごろから平成までの日本の暮らしや風俗を感じられもしてめちゃ面白かったです。

いやしかし歌集の感想ってのは難しいですよ。
とりあえず特に好きな歌だけいくつか引用しながら書いていきます。

電車のなかでもセックスをせよ
戦争へゆくのはきっと君たちだから

後半は577の定型に収まってるけど前半がだいぶ破調になってることで「電車の中でもセックスをせよ」という命令形の異様さが際立って感じられます。
そして電車の中で若者たちがセックスをする異様な光景を視せながら、戦争という大きすぎる死の象徴を持ってくることで強烈な儚さをも感じさせます。
そして、実際には電車の中でおじさんが少年少女を見ただけ、という現実的な光景に戻ってくる感じもして良い。

オルゴールが曲の途中で終わってもかまわないのだむしろ普通

トータルの文字数は合ってるけど最後の節が6文字でリズムが途切れた感じになるのがオルゴールが曲の途中で終わるのを表してて、短歌初心者🔰なのでこういう技法もあるのかと驚きました。

宇宙船のマザーコンピュータが告げる
ごきぶりホイホイの最適配置

SF映画的壮大さで告げられる生活感あふれるしょーもないお告げのギャップに萌える。しかし「最適配置」という良い感じにSFっぽい語彙がなんとなく説得力を出してきてむかつきます笑。

晦日、もうとれそうな歯をねじる、こんなに、こんなに、こんなに、こんな

ただただ懐かしい。

それぞれの夜の終わりにセロファンを肛門に貼る少年少女

これもめちゃくちゃ懐かしい。特に、「女子もやってるんだよな、これ」と中学時代に思っていたのを「少年少女」で思い出させられて、その微妙なディテールに超絶懐かしくなってしまった。

手の甲に蟻のせたまま積乱雲製造装置の暴走をみる

蟻の黒と積乱雲の白、蟻の小ささと積乱雲の大きさが青すぎる空の下で対比される光景の美しさが凄い。積乱雲って自然現象のはずなのに、あの大きさになんとなく「製造装置」で作られていそうな感じも凄く分かるし、積乱雲の大きさにどこか畏怖の念すら抱いてしまう感覚すら「暴走」というワードから想起されて解像度が高すぎる......。アホなエッセイばっか書いてるけど穂村さんって短歌の天才なんだ......というのが素人の私にすらバチバチに伝わってきます。そういえば、夏雲の本名が積乱雲だと知ったのはクーラーのよく効いたリビングでのことだった。

童貞と処女しかいない教室で磔にされてゆくアマガエル

スピッツファンなせいもあり、死とセックスというのはどうしても対置したくなっちゃうんですが、セックスという名のこの世界の秘密をまだ知らない(でも興味津々の?)中学生たちが、「死」というもう一つの世界の秘密の一端に触れる瞬間......が、学校の授業というある種の事務的な光景の中に見出されるのが凄い。

突き当たりの壁ぱっくりと開かれて
エレベーターの奥行が増す

これは『火星探検』という連作の最初の歌で、単独では分かりづらいけれど後に母の死の描写が出てくることで意味が分かるのが凄い。いや、私にお葬式の経験があんまないからピンと来なかっただけか?

ゆめのなかの母は若くて
わたくしは炬燵のなかの火星探検

炬燵に全身潜り込めるほど小さい「わたくし」はまだ死を知らない......というのが「ゆめ」とか「火星」という異界的なワードから連想されます。......自分でも何言ってるのか分からない下手くそな文章になってしまったけど。