偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

岡野大嗣『音楽』感想

スピッツファンの歌人・岡本真帆さんの本を買いに行った時に、同じ短歌コーナーにあってシンプルなタイトルと装丁に惹かれ、パラパラと読んでみてると音楽ファンとして共感できるものばっかりだったので、一緒に衝動買いしました。

音楽

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岡野大嗣さんの第3歌集。

タイトルの通り音楽(バンド)好きあるある短歌を中心に、映画好きあるある、本好きあるある、日常あるあるみたいな歌が収録された、非常に読みやすく分かりやすくて分かりみが強めの歌集でした。
毎回言うけど、恥ずかしながら抽象度が高い短歌を味わえるほどのリテラシーがないのですが、こういう分かりやすいのは気になってしまうんですよね。
なんせ歌の中に出てくるワードが、ギター、Bluetooth、歌詞カード、シークレットトラックなど、音楽ファンにはお馴染みの言葉ばかりなのでそれだけでぐっと身近に感じてしまいます。
著者のあとがきに「忘れたくないものを忘れても平気になるために短歌を作っている」とありますが、日常の中での明日には忘れてしまいそうな、でも忘れたくない幸せや寂しさや名前のない気持ちを記録するような歌が多く、その多くが読者の私もまたいつかどこかで感じたことのあるものなので、おこがましいし失礼だけどこの本俺が書いたんか、みたいな気持ちにすらさせられました。
また、不意打ちでスピッツが出てきたのも嬉しい。うわ、スピッツ出てきたわって思って変な声出ました。

最後に特に好きだった歌を3つだけ紹介して終わります。

吊ってあるギターにさわらないようにさわれる距離で憧れている

触れる距離にあるのに触れないという諦念があるから触らないようにしつつだからこそ音楽というどうやって鳴らしてんのか分からん魔法みたいなものに憧れてしまう感じ。

いま会ったみたいに顔を見合わせるエンドロールのエンドの明けに

エンドロールの途中で席を立つのはマナー違反かどうか問題みたいなくだらない揉め事がありますが、私はこのエンドロールの明けの感じを味わうためにエンドロール見ちゃう派ですね。

知らないスーパーの光に届きたい新幹線の夜の向こうの

見たこともない、通り過ぎるだけの知らない町にも人の生活があるという安心感とか、今の生活に不満はないけどそれとは別の次元でなんとなく知らない町での人生を経験してみたいという憧れみたいなものとか、そういう「知らない町」に対してどうしようもなく溢れてしまうことのある気持ちが歌われていて「なんで私のそんなことまで知ってるの?」と思ってしまった大賞。