偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

村田沙耶香『殺人出産』感想


「10人産んだら1人殺せる」殺人出産制度が浸透した100年後の世界を描く中編の表題作他、短編2編、掌編1編を併録した作品集。


多くの収録作が現代日本とは違う制度や倫理観を持つアナザー日本みたいな設定で、その点ではSFのようでもあります。
しかし、例えば100年後を描いた表題作「殺人出産」でも、軸となる殺人出産制度(と最悪な食文化)意外は私が暮らす今のこの日本とそう変わらないように思えます。SFとして読めば世界観の構築が甘いと言いたくなるような感じ。でもたぶんそれはわざとで。奇抜な設定を持ってきながらも、描いていることの本質はあくまで現代社会が抱える問題であり、現代人の生き方であるように感じます。
結婚や出産のあり方、パワハラやイジメ、命の価値.......あえて奇抜な設定を置くことで、読者の先入観を揺さぶってくる、恐ろしい小説です。
登場人物が、制度に賛成派の姉、反対派の同僚、生まれつき制度が出来上がっていて疑問すら持たない子供、そして賛否の間で揺れる主人公という布陣なのも上手いところ。
絶妙な気持ち悪さと居心地の悪さを感じながら読み進めていくと、予想だにしない終盤の展開には唖然とさせられてしまいます。



続く2編目の「トリプル」は、表題作ほどのぶっ飛んだ設定ではなく、若者の間で3人で交際する"トリプル"が流行するというお話。
こちらのトリプルはまだ定着していなくて若者の間で流行っている段階で、若者でも2人で付き合うカップルもいる、という謂わば黎明期のような時期設定。
カップルを気持ち悪いと思う主人公の視点から語られるトリプルの姿は確かに合理的な面も強く、「いいじゃん」とも思うんですが、セックスの描写はどうしてもちょっと抵抗を感じてしまいます。
いや、普通に3Pなら良いんですけど、もっと異形のもの......と、思ってしまうんですよね。口では多様性が大事と言いつつ、どうしても悍ましさを感じてしまう。と同時に、カップルのセックスに同じことを感じる主人公に捻れた共感もしてしまいます。
ありそうな話だけに、価値観を揺さぶられるという点だけでいえば表題作以上のインパクトがありました。



3編目の「清潔な結婚」はさらに現実寄りというか、最後に変なひみつ道具が出てくる以外は変わったところがありません。
ただ、主人公夫婦が恋愛・セックスと結婚を切り分けて考えているだけのこと。それすらも今時我々世代の感覚ではさして珍しいこととも思えません。が、この人の文体で書かれるとどこか気持ち悪さを感じてしまい、そう思う私も結局は恋愛結婚主義に囚われているのかな、とも思ってしまいます。



最後の「余命」はかなり短い掌編で、人類が死を克服した後の世界が描かれます。表題作と同じく、設定は何年後だよってくらい現実離れしているのに雑誌の特集の組まれ方とかが現実と同じだったりする噛み合わなさがどこか気持ち悪いです。恐ろしい世界にも見えるし、今より遥かに優しい世界にも見えるし、やはりこの短さでも価値観を一旦解体されて組み替えられるような新鮮さと恐ろしさのある作品です。


そんな感じで、全体を通して、恋愛→結婚→出産→繁栄という、これまで正規ルートとされてきた考え方を揺さぶってぶち壊していく作品集。
私自身、子供は作らないつもりなのに子供はまだかとか言われたりして「へへ、まぁそのうち〜」とか誤魔化したりしてるので、痛快に感じる部分もあり、しかし世界の土台が崩れていくような恐ろしさも感じる、短くて印象的な一冊でした。