偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

信国遥『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』感想

カッパツーを受賞した著者デビュー作。
略称は「あなきいセブン」。


若い女性ばかりを惨い手口で殺害し、その様子をインターネットラジオで実況するラジオマーダー・ヴェノム。その正体を突きとめてほしいと、しがない探偵・鶴舞に依頼してきたジャーナリストのライラは、ヴェノムに対抗してラジオディテクティブを始めることを提案する。ささいな音やヴェノムの語り口を頼りに、少しずつ真相に近づきはじめる鶴舞とライラ。しかしあと一歩まで追い詰めたとき、最悪の事態がふたりを襲う


まぁなんつーか、粗とかツッコミどころの多い作品ではあり、手放しで賞賛は出来ないんですけど、どこか嫌いになれない、簡単に言えばそんな感想です。



犯人は、凄惨な殺人シーンをネットで実況する「ラジオマーダー・ヴェノム」。対して主人公の探偵・鶴舞はラジオの音から推理を繰り広げ、その推理を「ラジオディテクティブ」として動画サイトで配信する......。
......という設定の、いわゆる劇場型犯罪ミステリとなっています。
劇場型犯罪自体は決して珍しい題材ではないですが、探偵の側も劇場型探偵をするというのが本作の斬新さで、それは私人逮捕系YouTuberとかが問題になった昨今の状況にも呼応しているようで面白かったです。

またフォロワーさんが指摘していたのですが、犯人から出されるヒントを元に主人公の鶴舞があれこれと半ばこじつけに近いようなものも含めて推理を巡らせる様はどこか陰謀論にも通じるものもあり、現代社会の形をミステリに組み込んだ作品として読めばなかなか面白いです。そういう変わったこともやりつつアイデアをとりあえずたっぷりぶち込んでいる、デビュー作らしいある種の歪さも可愛げがあって、それがどこか憎めないという感想に繋がっていると思います。
ていうか可愛げなんて上からな言い方で申し訳ないけど、私自身は小説を何度か書こうとしてみたことはあってもまるっきり書けなくて、たぶん書く能力が壊滅的にない人間なので、こういう歪でもやりたいことをやりまくってるような作品を読むとなんか羨ましくなってしまって勝手に愛着を抱いてしまうんですよね。

あと、著者が愛知県出身なのもあり、キャラ名が名古屋市営地下鉄だったり、そのくせ豊田市を舞台にした珍しい豊田ご当地ミステリだったりして、名古屋と豊田の間に住む身としてはそんだけでめちゃ楽しかったです!この事件現場あの辺かなぁ、とかなんとなく分かっちゃう感じが良い。


まぁとはいえミステリとしては正直微妙ではありまして......。
前述の地下鉄になぞらえた記号的な人名をはじめ、出てくるガジェット、話の展開、会話の内容に至るまで、ことごとくなんかのミステリで読んだ感じの既視感がありました。
特に主人公の探偵鶴舞依頼人で助手的な立ち位置のヒロインのライラちゃんのキャラ造形や関係性にはだいぶ『medium』っぽさを感じてしまい、「『medium』ってやっぱ凄かったんだ......」と思ってしまいました。表紙のライラちゃんはもうめちゃくちゃタイプで、正直この表紙が欲しくて買ったようなものですが、実物は翡翠ちゃんをちょっとクールにしてインパクト弱めたような感じ。まぁ男心は擽られるもののやはり既視感があって外見以外あまり印象に残らないキャラだったのが残念。

また、個々の事件にはさしたる謎やトリックもなく、音声解析による推理は音を実際に聞けない読者としては「ふーん」という感じで、そうなると「ヴェノムの殺人ゲームのルール当て」が最大の見どころになってくるわけですが、そこもどうにも恣意的な感じがして、特に犯人自身が書いた事件の原作小説(?)みたいなのが出てきたあたりからはわりと全てがどうでもよくなってしまう感じはありました。

そして、真相自体はまぁ頑張って捻って意外性を出そうとしてるのは伝わるけれど、犯人側の事情みたいなパートがだいぶどうでもいいせいで説得力が薄れてしまうのも残念。
だってこれだけの凄惨な事件なんだから、それを起こすに至った犯人の独白パートが面白ければそれだけでだいぶ救われますからね......。そこが雑なのはもったいなかったです。

という感じで、粗は目立つけれどデビュー作でもあるので著者の2作目は出たらまた読みたいと思います。
推薦してる作家のコメントには「本格職人」とかありますが、本格っぽいのはせいぜい設定とかガワの部分だけな気がするので、2作目以降は変わったことやろうとする趣向やキャラの部分をもっと推し進めた作品が読みたいかな。翡翠ちゃんみたいな強烈ヒロインを生み出してほしい。