偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小山田浩子『穴』感想

芥川賞を受賞した表題作に、2本の短編を加えた、著者の2冊目の作品集。


「穴」
夫の転勤に伴い、田舎にある義母の持ち家に越してきたあさひ。引越しのために仕事を辞め、主婦としての生活を持て余す彼女はある日散歩中に見かけた黒い獣を追ううちに穴に落ちてしまう。

「うそ、じゃあ専業主婦?夢みたい!」

序盤から非正規雇用の世知辛い現実が描かれ、仕事を辞めると同僚に告げると夢みたいと言われるあたりからして何の変哲もない日常風景なのにざわざわと心が波立つような描写が上手すぎる。
実際のところ私もちょっと夢みたいと思っちゃったことも含めて心がざわつくし、そっから実際に働かずに毎日家で夫の帰りを待つだけの暮らしのディテールをじわじわと読まされるともう夢みたいとは到底思えず、世間から隔絶されて特に何かの役にも立てるわけでもなく夫の付属品としての生活が続く中で時の流れとかもちょっと曖昧になるような白昼夢っぽさから、奇妙な獣や道に空く「穴」、ヒキコモリの義兄など、マジの白昼夢みたいな世界へとシームレスに繋がっていく感覚が不思議で不安になりつつ面白い。
「穴」というのは孤立感のようでもあり将来への不安のようでもありそうやってはっきりとは名状できないもののようでもあり、穴の存在も含めて穴に落ちてから色々と不思議な人やコトに遭遇しつつ、別に何だったのかはよく分からないままふわっと異界だったその土地での生活に馴染んでいく、救いのようでもあり袋小路のようでもある読後感に、自分の今後のこととかも考えさせられて何とも言えぬ気持ちにさせられました。
一族の中で異端者の義兄が極端ではありつつも私たち現代の若者の気持ちを代弁してくれているようでなんか彼の言葉を読むのが気持ちよかったな。代弁してるとか言ったら本人は怒りそうだけど、そうやって投影してしまう魅力を持った印象的な人物でした。



「いたちなく」
結婚して引っ越した友人の斉木君の新居に招かれた「僕」と妻。田舎にある斉木君の新居では天井裏にイタチが出て困っていると言う......。

斉木君の家で出されるシシ鍋の描写が素晴らしくて食べたことないのに食べた気になってしまいました。
子供もなく普段は一対一の関係であろう主人公と妻ですが、友人夫婦を挟むことで妻の知らなかった面を見るハメになってしまう......というちょっとした恐ろしさを描いた短編。
その恐ろしさは終盤の妻の語りと、二重に仄めかすような結末でぞわぞわと襲ってくるんだけど、それが「結婚って怖い!」みたいな安易さじゃない、いろーんな感情を伴っているので、言葉ではうまく説明できないんだけど強烈な何らかの感情に襲われてぐわぁーってなる。こういうちょっとした怖さがありながら淡々と生活は続いていく感じが怖いような愛おしいような、気がする。



「ゆきの宿」
斉木君と洋子さんに子供が産まれ、再び家に招かれた僕と妻だったが、大雪で帰れなくなり斉木君宅に一晩泊めてもらうことになり......。

そして淡々と続いていったその後の話。
妻同士の親しげなのに鼻白むような感じとかがリアルで最高......。
あと出されたお稲荷さんがなんか食えない感じとかもめちゃくちゃリアルで最高でした......。