偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

鈴木悦夫『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』感想

1989年に刊行された伝説のジュブナイルミステリの復刊......らしいのですが、全然知らなくてフォロワーのカワカミさんのブログで見たのと、同じくフォロワーの松井さんが解説を書いていらっしゃったので興味を持って読んでみました。


保険会社のCM「幸せな家族」に出演することになった、ぼくと両親、兄と姉の中道家の5人。しかし、不可解な状況での父親の変死を皮切りに、唄の歌詞をなぞるように家族が1人ずつ死んでいき......。


面白かったです。

主人公は中道家の末っ子の省一。小学6年生の彼が、自宅で起こった事件を記録していくという形で話が進んでいきます。
この省一くんが「たいくつ病」を自称し、退屈のあまり自身の家族の死やそれに付随する警察の取り調べ、マスコミの取材なんかを面白がっているところがとても不穏で不気味でありつつ、どこか分かっちゃう部分もあるのが恐ろしいところ。一方で擦れてるわけじゃなくて母親や姉に甘えるような気持ちもあるのが余計怖くて、特に姉との関係には近親相姦的なニュアンスも滲んでいていたたまれなかったです......。

しかしそういう作品でありながら、いわゆる「トラウマ」的な悪意を感じないのが本作の特異なところ。まぁ読んだらトラウマにはなるかもしれんけど、トラウマを植え付けるために露悪的にやってるんけじゃないんですよね。
大人による「子供は純粋」みたいなイメージの押し付けに対して、純粋だから家族が死んでも面白がるよみたいな皮肉を返しているようでもあり、実際子供の頃なんて人の気持ちとか分からないのに人の気持ちを考えろとか言われて自分がサイコパスであるかのように思わされてきた私からするとかなり救われるというか、子供特有の残酷さを否定されないのが嬉しかったです。
一方で大人の私利私欲に塗れた汚さをさらっと暴き出しているのも良い。

あと外界が存在しないような閉じた雰囲気も良かった。警察はあまりに無能で全く事件を止めることができず、家族もどんどん殺されていってるのに淡々と過ごしている感じがなんかおとぎ話のような不思議な浮遊感を出していて好き。

そして、ミステリとしてもちゃんと面白かったのが凄いです。
全体のアレこそ、なんなら読む前から分かっちゃうくらいそのまんまなものではありますが、個々の事件でそれぞれ凝ったトリックが使われていたり、最後にアレを持ってくることで暗示される構図だったりと、ミステリファン的な目線でもちゃんと楽しめました。

という感じで、異様にして物悲しいホームドラマでありつつしっかりミステリもしてる、唯一無二のヘンな作品でした。