偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小川哲『君のクイズ』感想

あらすじを見て「なんじゃそりゃめちゃくちゃ面白そうやんけ!!」とびっくりして気になってた本です。



生放送のクイズ番組『Q-1グランプリ』の決勝戦。クイズプレイヤーの三島と超人的な記憶力を誇るタレント・本庄絆との戦いは、互いに次の問題を答えれば優勝という局面を迎えていた。
そんな状況での最後の問題で、出題者が問題文を1文字も読んでいない時点で、本庄はボタンを押し、正解を答えた。
彼はどうして問題を1文字も聞くことなく正解できたのか?三島は真相を探るべく本庄のことを調べ始めるが......。


「クイズ番組での0文字回答」という、めちゃくちゃ魅力的で不可解な謎そのものの求心力がもう抜群に強くて一気に読んでしまいました。
とはいえ、もちろん謎の提示がいかに魅力的であろうと中身がつまらなければしょうがなく、魅力的すぎる掴みに負けないくらい内容そのものが面白いのも凄かったです。

クイズ番組を見ていて伊沢さんとかがあり得ないような早さでボタンを押して正解を出すのを見るたびに、「なんでそこで分かるんや!」と驚きすぎて呆れるような気持ちになることがあります。本書ではそういう「早押しクイズ」という競技の思考法が小説の形で分かりやすく描かれているんですね。だから、これまで「知識があれば強い」なんて雑な理解しかしていなかったクイズという世界のことを色々と知ることができて、そんだけでも超面白かったです。

『Q-1グランプリ』の決勝戦で出題された問題を一つずつプレイバックしながら、その問題と主人公の三島の人生との交錯、そしてまた対戦相手の本庄の人生との交錯について描かれていく構成は『スラムドッグ$ミリオネア』を思わせます。
しかし、そこで語られるのはインドのスラムの少年の人生ではなく、現代日本の20代後半の(クイズオタクなだけで)普通の男の人生。個人的に主人公と同世代なのもあって、深夜ラジオの思い出とか、「とうらぶ」が好きな恋人とのエピソードとかはかなりエモくなっちゃいました。もちろん、主人公のクイズというものへの愛が1番エモい。

肉体的にはボタンを押したり人と会話したりしてるだけの小説なんだけど頭の回転や一瞬の押しの早さを競うという意味でスリリングなアクションであり、クイズを媒介にしていることで前面には押し出されないけど渋い人間ドラマでもあり、もちろん冒頭の魅力的な謎について推理していくミステリの要素もあり、現代の文化を風刺するような側面もありと、200頁足らずの分量で見どころが溢れまくってる超エンタメ小説でした。

ヒカルの碁』を読んで囲碁をはじめるようなノリでクイズというものをやってみたくなりつつ、そんな生半可なことを思ったら失礼だなと思うくらい、主人公のクイズへの(そして人生への)真摯な姿勢が印象的でした。そこだけ読んだらめちゃくちゃベタな最後から3行目の一言に実感を持たせるための物語。最高でした。
あと、タイトルが「僕の」ではなく「君のクイズ」なのが、読者の人生までも肯定してくれるようで嬉しくなってしまう。