偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

佐々木俊介『魔術師/模像殺人事件』




『魔術師』


母を亡くし天涯孤独になった青年・聖の元に、青茅グループ総帥の青茅伊久雄から手紙が届く。
自身の出征にまつわる話があるというその内容に心惹かれた聖は、伊久雄が隠棲する孤島の館・神綺楼へと向かう。
伊久雄が引き取って育てているという4人の孤児と打ち解ける聖だったが、やがて惨劇の幕が開き......。


怪しげな館と住人たち、芸術や魔術の衒学趣味、奇怪な殺人事件......と、ミステリの、というよりは古き良き探偵小説の香気が濃密に溢れかえっています(とても2016年の作品とは思えぬほど!)。
ロジックやトリックに関しては正直薄味で、事件の構図のアイデアありきで解決されるので論理的な推理とかはそんなにないし、その構図に関しても、この流れならアレかな、と読めてしまうものではあります。

ただ、そうした意外性や論理性を補っててあまりある魅力のある作品であることも確かです。

主人公は天涯孤独の身の青年。自らのルーツを探しに事件の起こる館を訪れます。
そしてそこに棲む住人たちも、訳ありらしい使用人たち、島から出たことのない4人の少年少女たち、大企業の総裁にして魔術や神秘学に傾倒する主人と芸術家肌のその次男......。
主人公のアイデンティティをめぐる青春小説であり、美少女への恋模様も描かれつつ、館の住人たちにしてもみんな現実世界から遊離したような、存在の曖昧な感じがする人々であり、彼らのアイデンティティというのもまた大きなテーマとなってきます。
そして、事件の真相が明かされることで、そうしたテーマが前面に押し出されてきて探偵小説でしか描けない虚ろな青春小説になっているところが、他ではなかなか味わえないこの作品の大きな魅力だと思います。
探偵小説としての雰囲気が、彼らの数奇な人生模様にフィクションの中でのリアリティを与えているんですね。

また、1番最後のオチなんかは戦前の怪奇探偵小説短編とかにありそうな光景でミステリファンとしては嬉しくなっちゃいました。





『模像殺人事件』


山中で車のトラブルに見舞われた売れない作家の大川戸は、近くの木乃家に助けを求める。
しかし木乃家では、2日前に顔に大怪我を負い包帯を巻いたという長男が帰郷し、今日また同じ外見の包帯男が長男を名乗って訪問していた。
成り行き上木乃家に泊まることになった大川戸はこの長男争いに巻き込まれ、さらには殺人事件も起こり......。


こちらも、忌み嫌われ村の他の家から離れた山中にある屋敷とそこに現れる包帯男、訳ありげな当主、美しい息子と娘、過去の因縁......と、『犬神家』なんかを思わせる探偵小説の薫りが濃密でとても良いです。
木乃家の屋内とか庭とかの描写もなんかこう、いかにもって感じ。『魔術師』には新本格初期っぽい味わいもありましたが、本作は完全に旧本格で非常に味わい深いです。

ただ、そんな中で起こる事件に関しては、片や包帯男の正体については家の人たちはなんか分かってるっぽいからあんまり謎めいた感じじゃないし、殺人事件の方は表面的には起こった時には解決してしまっているため、「謎」の引きが弱いかな、というのはありますね。
真相に関してもかなりシンプルで正直驚きは少ないんですけど、でもそこに関しては古き良き探偵小説っぽいトリックではあるので味わいですよね。

そして、抽象的でありつつ作中のいろんなものを象徴していたタイトルが、真相を知ることによってさらに意味合いを増して印象に残るところが好きですを

『魔術師』と本作とを読んでみて、どちらも(ネタバレ→)過去の事件をなぞるために生きる人々、本物の一家に擬態した人々と、どちらも本来の自身の人生を生きていない偽物としてのキャラクターが主体となっているあたりに生の空虚さを描いた文学作品としての風格も漂っていて、そこが1番好きなところですね。

両作とも、目新しさはないようでいて意外とこの味わいは他にはない感じなので偏愛しちゃうに足る名作でした。