偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』感想

リーガルリリーの海さんがInstagramに載せていたのと、フォロワーのまひろさんにも勧められていたので、信頼する2人が勧めているならまぁ好きだろうなと思ったらやっぱり好きでした。



仕事を辞め、月舟町に越してきたオーリィこと大里青年。休職中の身でありながら、近所のサンドイッチ屋さん「トロワ」や隣町の映画館「月舟シネマ」に通う気ままな日々を過ごしていた。そんなある日、「トロワ」の主人・安藤さんにうちで働かないかと誘われ......。


例えるなら森見登美彦の作品に出てくる京都から鮮やかなポップさやファンタジーを抜いて少し落ち着かせたような雰囲気の「月舟町」という町そのものが魅力的。
昔ながらの商店街があり、屋台ラーメンやサンドイッチ屋さんがあり、主人公が暮らすアパートの窓からは教会の十字架が見えて、路面電車に乗って隣町に行くと昔の映画ばかりやっているミニシアターがある。思わず憧れてこれになりたい!と思っちゃうような暮らしですよね。
作中に、

昔の時間は今よりのんびりと太っていて、それを「時間の節約」の名のもとに、ずいぶん細らせてしまったのが、今の時間のように思える

という言葉があるのですが、そういう「今の時間」を生きざるをえない読者の私がそれでもちょっとでも豊かな時間を取り戻したいな、と少しだけ人生観が変わるような作品です。

登場人物たちもそんな街の魅力に負けないくらい個性的かついい人ばかり。
それもただぼんやりと良い人なわけじゃなくて、みんなそれぞれ過去に色々ありそうな感じがあってそれゆえに形成されていった人柄なんだろうな、ということまで詳しくは描かれないながらに感じさせてくれるので、キャラクター的でありつつ近くの街に住んでいそうなリアリティと親しみもあります。
特に、今は恋愛に関心があるというませた少年・律くんのキャラがめちゃくちゃ良かった。鋭く無遠慮なようでいて名前の通りの妙な律儀さのある彼がどんな風に成長するのか、彼の5年後くらいのスピンオフを読んでみたくなるくらい良いキャラでした。

また、食べ物がとにかく美味しそう!
指の跡がつかないサンドイッチとか、名なしのスープとか、登場人物たちの人柄やこれまでの人生が反映されたような食べ物たちの描写を読んでいるとめちゃくちゃお腹空いてちゃいつつ、自分がなんで料理下手なのかを突きつけられるようでちょっと凹みもしました。

ちなみに本作、ちょっとした意外な事実が隠されていて、と言っても別にどんでん返しとかいうほどのものじゃないし、ほとんどの読者は早いうちに気付くと思うけど、気付いちゃったからこそ気付かない主人公のニブさを微笑ましく見守りながら読めて面白かった。

あと、この動画で本作に出てくる名なしのスープの作り方が考察されているので、参考に作ってみたいと思います!