偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『シェイクスピアの誘拐』感想


トクマの特選、笹沢左保100連発の第11弾にして、初の短編集です。

各話に「暗号と殺人」「倒叙と殺人」というような形でテーマが掲げられていることからも分かるように、ミステリにおける様々な題材に挑んだバラエティ豊かな短編集になっています。
各話とも状況設定が魅力的で、オチはシンプル。めちゃくちゃ印象的な傑作とかはないけど大きなハズレもなくどれも面白くて、これまで復刊されてきた長編たちともまた違った面も見られる一冊でした。



シェイクスピアの誘拐」

シェイクスピア劇のクライマックスで俳優が勝手に台詞を追加した。追加されたセリフは誘拐事件に関わる暗号になっていて、脚本家はその暗号を解こうとするが......。

タイトルから誘拐ものかと思ったらまさかの暗号ものでした。
演劇のセリフが暗号になるという状況設定自体はめちゃ魅力的で、それが誘拐に繋がるのも意外性があって面白いです。しかし、その特異な状況を作るためにかなり無理やりな話になっている感は否めず、正直「なんやそりゃ」と思ってしまいました。
暗号に関しても、パズル的なものではなく謎謎に近いものなので、解答が本当に正しいかの根拠とかは特になくてダミー推理も真相もそう違わないように感じてしまいました。
結末はよかった。



「年賀状・誤配」

元日、推理作家の家に届いた誤配らしき年賀ハガキには聖母マリアの絵と意味深なメッセージが書き添えられていて......。

推理作家の夫婦が不可解な誤配の年賀状(?)の謎を解こうとする日常の謎みたいなお話。
たった一枚のハガキからあれやこれやと推論を重ねていく過程がスリリングで楽しいです。いかにも意味ありげな箇所にそんなに大した意味がなかったりするのはちょっと肩透かしを食らった気分だし、さすがに(ネタバレ→)妹を殺しておいてそのことを推理小説のネタとして提供するなんてことするか?みたいな納得のしづらさはあるものの、推論の楽しさの味わえる良作でした。



「知る」

癌で余命短い「わたし」は家族の誰かが人を殺す場面を目撃する。犯人が目撃者である自分を殺しに来るのを楽しみに待つ「わたし」だったが......。

テーマは「倒叙」ですが、犯人目線ではなく目撃者視点のお話。
どうせ余命僅かなんだからと、「誰が私を殺しに来るのか?」を楽しみにする主人公、という捻くれた状況設定のフーダニットとなっています。
容疑者である家族の面々への醒めた視線も面白く、そういう皮肉めいた一人称の語りを楽しんでいるうちにぽんぽん展開していくスピード感もいい。
最後まで読むと本当のテーマは倒叙じゃなくて「〇〇」なんだな、と分かるんだけど、それを書くとネタバレになるから「倒叙」ってことにしてあるのがなんか大雑把で良い。昭和を感じます。



愛する人へ」

愛する夫と子供がいながら、ある男に脅迫されていた主人公は、ついにその男を殺してしまい......。

これはテーマが「不在証明」になっていますが、これこそ倒叙
主人公が人を殺すに至ってしまうまでの経過が胸糞悪く描かれ、それだけに主人公に肩入れしてしまって、バレないかどうかハラハラさせられます。
結末の「どうしてバレてしまうのか」というのがまさに倒叙の醍醐味でありつつ、主人公自身は完全犯罪を目論んだわけでもないのが悲劇的な余韻を強めます。



「盗癖」

「学者さん」「低能さん」と呼び合う愛人カップル。しかし抑えられていた低能さんの盗癖が蘇ってしまい......。

長編ではあまり感じなかったブラックユーモアのような側面が際立つ作品。
低能さんと学者さんというあんまりなあだ名の2人の会話劇が面白く、それが積み上げられた果てのトホホ......と言いたくなるような滑稽で悲しい結末が印象的でした。



「現われない」

事故死した若い女性には秘密の恋人がいたが、恋人は彼女の葬式に姿を現さず......。

人生初の熱愛の渦中で事故死した女性という悲しい発端から、恋人の存在自体が曖昧になるサイコサスペンスっぽさが入ってくるのが面白い。真相自体の意外性はそんなに強くないけど、明かし方の演出が上手いのであっと言わされます。
しかしやたらとセックスを絡めてくるところが昭和の香りが強くて今読むとちょっと古っ!て笑っちゃうかも......。



「計算のできた犯行」

情婦からの借金を返済するために殺人を決意する主人公だったが......。

これも「盗癖」に近い、奇妙な論理とブラックユーモアの短編。
主人公と情婦との不思議な関係性や律儀な借金制度は面白かったけど、結末はちょっと単純すぎてあんまり。



「緑色の池のほとり」

知人に勧められてとある田舎町のおどろおどろしいムードがあるという池を訪れた作家の主人公は、そこで出会った青年に不思議な物語を聞き......。

最後にこれまた変わり種。主人公が旅先で出会った青年に奇怪な体験を聞くという、戦前の怪奇探偵小説のようなお話なんだけど、これもやたらとセックスがどうこう言い出すのがなんか面白い。
話の内容はまぁ普通だし、オチも特に何かが解き明かされるわけでもなく不思議なまま終わるのでそれで終わり?って感じだけど、こんなところで懐かしの変格ミステリが読めただけでも楽しかったです。