偽物の映画館

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トマス・H・クック『緋色の記憶』感想

重いからたま〜にしか読まないクック。
代表作、いわゆる"記憶"シリーズの一冊です。


緋色の記憶 (文春文庫)

緋色の記憶 (文春文庫)


1926年。チャタムの村に赴任してきた美しい女性教師と、妻子ある男性教師との関係がやがて引き起こした"チャタム校事件"を、当時少年だった私が振り返る。


前作『夏草の記憶』と同様に、本作でも事件が起きた当時の少年時代の記憶と、それから幾星霜を経た現在の主人公とがカットバック方式で語られていきます。
起こった"事件"の全貌は最後まで見えません。巨大な岩を削って化石を掘り出すように、少しずつ少しずつ事件の様相が見えてきて、最後の最後になって読者は事件の全貌を知る......という。
ミステリとしての意外性こそそんなになものの(話がシンプルなので想像はついてしまう)、ドラマとしての読み応えは抜群なんですよね。

物語の主軸は、妻子のいる中年の教師と、世界を見ていながら訳あって田舎村の美術教師に身をやつすことになった美女との不倫劇。
......なのですが、それを、当時村の暮らしや校長を務める父親に閉塞感を感じる少年だった主人公の視点で語ることで、愛憎劇でありながら、オトナの世界の不可思議さへの憧れを描いた青春小説にもなっているのが見事。
若者らしい田舎への厭悪と自由への憧れ。それをある種無邪気に不倫の恋人たちに投影してしまう主人公に共感するとともに危ういものを感じ、その危うさが遅々として進まない物語を読ませる原動力になっている気さえします。
一方で、大人になった私からすると、主人公の両親や不倫男の妻子が立っている"生活"というものにも共感してしまい、感情が引き裂かれそうになりました。

ラスト、あの時あの村で何が起こったのかが全て分かった後でも、やはりどうしてこうなってしまったのか......と人生のままならなさへの絶望と諦念を感じます。
それでも、根底には著者の優しい眼差しが感じられるから、読後感は悪いだけではないし、他の作品もまた読みたいと思ってしまうんですよね。
著者はインタビューで、

小説に心を揺すられるのは素晴らしい体験、読み手の魂(スピリット)を高め、読み手を自身の感情と結び合わせてくれる体験でしょう。暗い物語は光を届けるために書かれるのであって、闇をもたらすためではないんです。

と語っていましたが、これがクック作品の魅力の全てではないかな、と思います。
暗い物語によって人生の大切さを教えてくれる。
本作のヒロイン・チャニング先生が悲惨な歴史を語るところにも著者のそうした考えが滲み出ていると思います。



(ネタバレ→)
主人公が実は......というオチ自体にそこまで大きな意外性はありませんが、思春期特有の思い込みの強さと独善さには私も心当たりがあるので、
刺さりましたね。はい。
キラキラした青春小説も私は大好きなんですが、こういうリアルに思春期の悪いところを描いてくれる青春小説もやっぱり良いですよね。