偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』感想

なんか単行本が出た時にもめっちゃ本屋で見かけてたけど文庫になってまためっちゃ見かけるようになったので読んでみました。


逃げるようにして自分を知る人のいない海辺の町へ移住した貴湖。田舎特有の詮索に苛立つ彼女は、ある日虐待されている少年と出会い......。

虐待や暴力による支配という重いテーマをがっつり取り扱いながらもエンタメ性がめちゃ高くて面白すぎて一気読みしちゃいました。

冒頭、主人公が東京から海辺の街に逃れて来たけれど田舎特有の詮索に晒されてうんざりするくだり。情報が小出しにしか出てこず、なかなか主人公の事情がはっきりしないため、読んでるこっちも思わず詮索するような気持ちにさせられます。
そして、主人公が多少の好奇心はありつつほとんど善意で接してくれる人にまでボロクソ言うのに対して「他人に決めつけで接してて性格悪いな」とか思ってると、主人公自身の事情が明かされた時にそれがそのまま自分に返ってくるのも上手いです。
最初は取っ付きづらい感じの主人公をそうやってだんだんと好きになっていったところで彼女の壮絶な過去パートになったりするのも上手い。
そんな感じで、序盤で先入観を覆したり良いタイミングでパートが切り替わったりすることで読者を動揺させてぐいぐい引き込む力が凄いんですよね。

そして、いったん引き込まれてしまえばもうノンストップで夢中で読み進めざるを得ません。
主人公の過去が少し明かされたと思ったらまた別の知らない人名が出てきて「そいつとは何があったんや?」みたいになったりと、過去に色々ありすぎて、その全貌が明かされていく過程はミステリーに通じる面白さがあります(キツいエピソードばっかでつらいけど)。
一方で現在のパートでも虐待を受ける少年と暮らしながら打開策を探るという難易度の高い問題に立ち向かう様が描かれてハラハラさせられるし、感情を振り回されすぎて息つく暇もなく忙しない読書体験。
終盤では過去パートと現在パートそれぞれでクライマックスがあってまさに怒涛の展開。ここまでですでに結構感情が疲れてたところにラストスパートで完全燃焼させられます。

暴力やある種の権力による支配を描いた苦しい物語ですが、読み終わってみればそれに対抗する人の優しさがより強く印象に残り、やさしいひとになりたいよねと思わされる作品でした。
あと、タイトルの意味はめちゃくちゃ良いんだけど、早い段階で意味が明かされてその後も度々出てくるのがちょっとくどくは感じてしまったので最後に意味がわかるくらいでも良かった気がしてしまいます。