偽物の映画館

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多島斗志之『白楼夢』感想

こないだ爆買いした多島斗志之。めちゃ積んでるけど月イチくらいで読んでいけたらと思います。


さて、本作は1920年代の英国の植民地であったシンガポールが舞台です。
当時のシンガポールでは英国人はもちろん華僑も大きな力を持っていて、さらに日本人も数千人と、様々な勢力の思惑が入り乱れる場所だったらしく、本作ではその様子を様々な視点から群像劇のように描いています。

本作は多島作品ではお馴染みの、過去と現在の2つのパートが交互に語られる形式になっています。
過去パートでは主人公の日本人青年・林田くんが身一つでこの地にやってきてから現地の顔役になるまでを様々な人々との関わり合いから描いています。
一方の現在パートでは林田が友人であり華僑の大物の呂鳳生の妹・呂白蘭を殺害した容疑を着せられて逃亡するハメに。また、そんな彼を追う英国人の刑事と呂家の次男の視点も入り乱れて話が進んでいきます。


いつも言ってますが私は歴史には疎いので当時実際にどんな様子だったのかなんて知らないんですが、それはそれとして生々しく当時の人々の生活風景が見えてくるような描写は流石です。
登場人物の思惑も入り乱れ、小説としてもミステリからラブストーリーから冒険やアクション、政治経済と多くの要素を孕んでいて、しかし林田という軸があることで一つの物語としてスッとまとまっているあたり小説が上手えんすよね。


序盤の、淡白な生き方の林田が喧嘩の仲裁からはじまって色んな巡り合わせでトントン拍子に実力者の立ち位置に登っていってしまう様がまずめちゃくちゃ面白いんです。
彼の出世のきっかけとなるエピソードの一つ一つがドラマチックですもん。

そしてその中で怪しげな人物がたくさん出てきて、彼らの誰が林田をハメて白蘭殺しの汚名を着せたのか......?またそれは何のためか......?というミステリとしての謎を盛り上げてくれるんですね。


また、あとがきにある通り林田の視点では「支那」という差別用語話をあえて使っていたり、女性の扱いが酷かったりするのも、小説ではあれど実際に起こったことをきちんと描こうという著者の真摯さが表れています。

特に女性の描かれ方が印象的でしたね。
物語を進めていくのは林田や呂鳳生、山本伝次郎ら男性たちなんだけど、読後に残るのは、そんな男の時代を生きざるを得なかった女性たちの姿なんです。
山伝の愛人のおたき、英国人農園主の妻のドナ、虎生が惚れた娼妓の春江、林田と婚約した範子......。
物語を直接動かす力もなく少しずつしか出番のない彼女たちの生き様や死に様を、しかしここまで印象的に描き出すところに著者の優しさを感じます。
そしてもちろんヒロインである呂白蘭の魅力はヤバい。
タカピーな言動も人生への諦観の表れ。終盤に明かされるそんな彼女の恋は、花火のように刹那の美しさを読者の胸に残します。あのへんめちゃくちゃ可愛い。
また、男キャラだと用心棒の片桐さんも良いっすね。
不器用な感じが可愛くもカッコよくて推せます!


ミステリとしての真相も舞台設定と密接に絡んだものであり、なおかつ意外性もあって、大きな一つの仕掛けとその脇のいくつかの小技がこれまでの物語を伏線として炸裂する様は(お話としての嫌さは置いといて)小気味良いですね。
大きな権力やら何やらと小さな個人との対比みたいな話も伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』しかり好きなので、面白かったです。


そして結末の余韻が残るという良い意味でのもやっと感も多島斗志之らしくて好きです。
ハズレなしの多島斗志之作品の中でも、ここまで読んだ中ではかなり上位かもでした。
また1ヶ月後くらいに他の読みます。