偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』感想

なんか話題になってたんで読みました。


大御所ミステリ作家の宮内彰吾が癌で亡くなった。宮内の愛人だった母も2年前に亡くなり、天涯孤独の身となった燈真の元へ、宮内の本妻の長男が訪れる。
彼は宮内は死の間際に『世界でいちばん透きとおった物語』という作品を描いていたが、原稿が見つからないという。自分を認知もせず横柄で女好きだったというクズの父が最後に何を遺そうとしたのか......その興味から、燈真は原稿探しに協力することになるが......。


落ち着いて乾いた感じの文体で淡々と描かれる作品。それでいて抑えたキャラ立ちと読みやすい文章でするする読めてしまうのがすごい。
ストーリーの筋も宮内が関係を持っていた女性を訪ねたりしながら遺稿を探すだけのもので、大きな起伏はありません。母の知り合いの編集者の女性への淡い恋心とかも語られつつ、かといって彼女とどうこうなったりもせず、ただ何もない日々の中に会ったこともない父の遺稿探しという異物が紛れ込んでくるだけの静かで地味で、それだけにリアルな質感のお話。
タイトルや表紙の雰囲気からもっとキラキラして切なくてエモい恋愛小説みたいなのと勝手に思ってたのでいい意味で裏切られました。

作家の人間性と作品の価値の話とか出版業界の内輪話とかが出てきたり、実在の作家の名前も何人か登場したりと読書好きには嬉しいネタもちょいちょい出てきたりして楽しかったです。
ミステリとしては、ろくでなしの大御所作家と『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルの遺作とのギャップそのものが強烈な謎となって「その全貌とはどんなものなのか?」というのが気になってぐいぐい読み進めてしまいます。

......と言っても、ある程度ミステリを読み慣れた読者からするとヒントが丁寧すぎて、半分くらい読んだところでピンときてしまったのは事実。
フォロワーのケーキ王子なんかは「タイトルだけでオチまで全て分かった」とか言っててじゃあもう読む意味ないやんけとか思っちゃったけど、そこまでじゃないにしろ分かりやすいことは確か。
しかし、普段ミステリや小説を読み慣れていない人にはこれは帯にあるように「衝撃」であることは間違いないだろうし、こういう楽しさを追求してくれるだけでなんか感激しちゃいました。

そして、変化球なミステリでありながら物語としては父や母の自分には見えていなかった面を知るという王道をやってるのも良くて、最後はちょっとほろりときてしまいました。

そんな感じでネタバレなしにはなんも語れないけど、けっこーおすすめです!令和の時代にこれが話題になるってのも嬉しい。
とりあえずほにゃほにゃが伏線に使われてるのには笑った。
あと献辞がエモい。

以下ネタバレ。















































中盤で封筒の透視、特製原稿用紙、京極夏彦というデカい伏線が立て続けに出てくるのでそこらへんで一気に分かっちゃいました。てか「京極夏彦」が伏線なのは前代未聞な気はするし、この内容で参考文献が京極夏彦オンリーなのも笑った。

透視の件がなければ本書の仕掛け自体は分かってもそれがなんのためかまでは分からなかったかもしれないので、ちょっとヒント出しすぎでは、と。やっぱこういう作品ではあっと驚きたいので、それがなかったのが残念。

ただ、「息子のために描こうとした」というだけだったら嘘くさい御涙頂戴になるところを、「作家の業」を持ち出すことでかえって宮内彰吾という作家の人間味が一気に溢れてきてほろりとしました。

また、「     」の意図だけは分からなかったので、最後の最後になるほどと唸らされました。

そして、大好きなA先生の名前が出てくるところで嬉しくなった。