偽物の映画館

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歌野晶午『ずっとあなたが好きでした』読書感想文

『葉桜の季節に君を思うということ』でお馴染み、歌野晶午大大大先生による13編の恋愛小説短編集です。



恋愛小説とはいってもそこは歌野晶午で、各話にミステリらしい捻りがあったり、中にはしっかりトリックの使われたミステリ度の高い話もありと、ファンの期待を裏切りません。


また、恋愛小説としての恋愛観の部分もかなりヒネてて、人を騙すことばっかり考えてるミステリ作家ならではのビターな恋愛小説集だとも言えるでしょう。
しかし、そんな恋愛のビターな部分を多めに配合した擦れた感じの恋愛小説が多いようでいて、どの話にも恋のキラキラした輝きもちゃんと詰まっています。たとえ結末が恋愛なんてものを信じられなくなるくらいヒネてたとしても、素晴らしい恋の瞬間も確かにあったのだと思い、もう一度恋を信じてみようと思える作品集でもあるように思います。あくまで作品への批評としてであって、私はもう恋はしませんけどね。あんなクソゲーは二度とごめんだぜ。
そして歌野晶午らしいちょっとした意外性もあるので、ミステリファンにももちろん勧められる傑作であります。
ちなみに個人的に好きな話は「黄泉路より」「別れの刃」ですね。
では以下各話感想。



「ずっとあなたが好きでした」

恋とは想像の賜物である。相手のことをあれこれ考え、気分が高まったり落ち込んだりする心象風景が恋である。

中学生のストレートな恋愛を描いたお話です。
衝撃の結末......ええ、ジャンル分けすれば"衝撃の結末モノ"に含まれるとは思うのですが、正直なところこれは見え見えでした。作者が恋愛小説家だったらあるいは騙されたかもしれませんが、表紙を見ると「歌野晶午」と書いてありますもんね。それならただでは終わらないだろうと思うともうこれしかないよな、と。
問題は、ネタが明かされた時の物語的感動が薄いところで、まぁ私が(ネタバレ→)BL嫌い(とか言うと殺されそう)ってこともありますが、それ以前に(ネタバレ→)宗像のエピソード自体薄いから、彼の心根が見えたところであまり切なくなったりしないため、どんでん返しのためのどんでん返しであるように思えてしまうからでしょうか。とはいえバイトの恋というシチュエーションや、恋の一喜一憂感はとてもよかったです。



「黄泉路より」

おかしいものですか。みんな最初は初対面だったのですよ。光源氏と紫の上も、ボニーとクライドも、ジョンとヨーコも

「ネット上で知り合った人たちと集団自殺しに行く」という発端が衝撃的で、不穏な雰囲気がヒリヒリします。そんな中での主人公の愛の告白がなんとも場違いで愉快な気持ちになってしまいます。その後ミステリにシフトする展開も面白く、"何が起きたのか?"という謎が、状況や演出も相俟って強烈に迫ってきます。その真相もなかなかインパクトが強いです。
そして、そこから恋の虚しさと人生への希望を同時に見せてなんとも言えない余韻を残す終わり方も見事です。



「遠い初恋」

その晩弓木はなかなか寝付かれず、それは遠足や運動会の前日でもこれほどではないというほどであった。

歳をとるにしたがってどんどんなくなっていって、大学生になる頃にはほぼなくなった、男子・女子という感覚。それが最も根強いであろう小学生たちのお話。
東京から来た可愛いい転校生のネックレスが盗難される事件が話の主軸ですが、「男子がとったんでしょ!返しなさいよ!」みたいなノリが懐かしかったです。なんで女子っていつも男子のせいにするんだろう、嫌いだわ~、と思ってましたね、当時。
本編中、恋とか好きとかいうワードは全然出てこず、なんかもやもやとした気持ちだけがある感じも初恋の懐かしさが感じられて良かったです。何も分からないですからね、あんな頃は。まぁ今も何も分かりませんが。
ミステリとしては盗難事件の犯人当てが主眼ですが、あえて最もしょーもないオチをつけてきてますね。このミステリとしてのしょーもなさが物語に強いリアリティを与えているのでこのしょーもなさは故意犯でしょう。
一方でもう一つ捻りを加えてきてますが、こちらもミステリとしてだけ見れば特殊知識が必要なうえ脱力系のシロモノですが、結末のなんとも言えぬ余韻に繋がっているので物語としては不可欠。
要するに、ミステリとしてのいまいちさまでを見事に物語に組み込んだ実験作だと思います(※個人の感想です)。



「別れの刃」

男女の関係を神聖視するのは欺瞞だということ。それはあとづけの幻想。

これ大好き。大学のサークルの話って個人的に一番突き刺さるのです......。
一回りも年上のお姉さんに誘惑されちゃうお話。このお姉さんの変人キャラ造形がよくって、客観的に読んでる読者からするとちょっと痛いくらいですが、こんなお姉さんにちょっかいかけられたらひとたまりもないですよね。
で、展開がまた面白いんですけどそれはネタバレになるのであまり触れないことにして......。
「恋愛を神聖視するのは欺瞞」というテーマはグサグサ刺さります。今の私が「畢竟、恋など肉欲と承認欲求の合いの子にすぎぬ」といったモードになってるせいかもしれませんが、グサグサ刺さりました。ただ表題作にあったようにそれを乗り越えたところに愛があるのかもしれませんね。希望は捨てないでおきましょうよ。
さて、そんなこんなで恋愛小説として素晴らしいんですけどそれだけにラストわざわざあんな展開にしなくてもよかったんじゃないかという気もしちゃいます。精神的な怖さの後に物理的な怖さが来る必要があるのか?という。ともあれ傑作ですが。



「ドレスと留袖」

この安らぎがあるから、明日も一日がんばろうと、疲れた体にネクタイを締めることができる。

結婚して有名な会社の重要な役職に就いている平均以上に幸せな主人公が、愛する人に付きまとう謎の男の正体を暴こうとするお話。
主人公がかなり恵まれた立場にいるので正直ザマーミロ感もなきにしもあらずですが、とはいえ付きまとわれる気持ち悪さはなかなか。特に何をされるわけでもないから余計に理由も分からなくて怖いですね。
そして、その男の正体と目的には驚きました。と同時に、(ネタバレ→)結婚というものへの不信を感じさせられました。恐ろしい......。



「マドンナと王子のキューピッド」

勝ちたいのなら、自分も上を目指せ。

ラジオ番組への投稿を趣味とする、所謂ハガキ職人の高校生が、一目惚れをした同級生のために恋の応援番組「マドンナと王子のキューピッド」に投稿するお話。
転校してきて友達もできなかった主人公をラジオが救うくだりは好きです。やはり青春とラジオは切っても切り離せませんよね。
恋愛小説としては、一目惚れってのが私好きじゃないものであんまり乗れなかったですけどね。ただ分かりきったラストが分かりきっていながらも良かったです。



「まどろみ」

自分はこの女性を愛していない。

なんぞこれと思いました。なんせ、寒くてベッドから出れないカップルが裸のまま妄想お料理ごっこ(からのセックス)や、しりとり(からのセックス)をして遊ぶだけの話なんですもん。よくこんな酷えもんを書けたもんだぜとぷりぷり怒ってしまいましたが、会話のテンポと誰もさわれない二人だけの国のこっ恥ずかしいアホくささが見事です。こんだけの話で読ませるってのも文章力ですよね。
それでいてラストはビターな味わいだから上手いですよね。



「幻の女」

謎めいた女は、それだけで魅力的だ。

本書中最も普通のミステリっぽい話で、恋愛要素は薄いです。謎めいた女のことが気になるという、恋愛以前の感情ですかね。
ただミステリ部分はさすが。幻の女の正体と、自分が酔っている間に起こった殺人事件という、それぞれ別々の意味で強烈な謎が提示されます。その解決もなかなか驚かされました。なるほど。
そして、そんな事件に巻き込まれたことで主人公にある変化が訪れるラストシーンも味わい深いです。
他の短編からやや浮いているような気もしますが、普段のミステリ作家としての歌野さんを感じられる一編です。



「匿名で恋をして」

姿形がわからない女性と対面し、その姿形がどうであっても、フィーリングが合うから問題ないと恋愛を続けられるのか?

掲示板で知り合い、メールのやり取りをする女性(自称)と実際に会ってみるお話。
捻りっぽいものはあるものの、お話的にそりゃそうだよなと予想がついてしまうもので特に驚きはありませんでした。ただ、ネットで知り合った顔も知らない女への謎の期待がすごくリアルですね。正直ちょっとはそういう気持ちあると思います。まぁその後のアレは主人公がヤリ目クソ野郎すぎて呆れましたけど。結果ああなっちゃうのが意地悪ですね、読者に対して。歌野さんのドS~。



舞姫

ジョジョはフランソワーズのなにに惹かれたのかわからない。しかしジョジョはフランソワーズとつきあううちに、彼女の中に深く沈み込んでいった。恋とはそういうものなのかもしれない。

うーん、これは......。
フランスに留学(のようなもの)に行った男が現地でフランス人の踊り子と同棲することになる......という森鴎外本歌取り短編です。
主人公が働くレストランで高価なワインの盗難事件、さらに殺人事件が起こるというミステリ味の強い作品でもあります。ただその解決はそこまで捻ったものではなく、フツーだなと思っていると思わぬところからの一撃が......くるんですけど......正直こっちのどんでん返しも「で?」という感じでした......。唐突すぎてだからなんなのかが分からないとでも言いましょうか。その後を想像すると「あ~」ってなりますけどね。



「女!」

誰?

「まどろみ」に続くなんぞこれシリーズ第2弾!(?)



「錦の袋はタイムカプセル」

吉凶はすべてタイミングだ。いくもの成功と、その何百倍もの失敗の繰り返しから、そう悟るにいたった。

老いた男がひょんなことから初恋の人に再会してあの頃の気持ちを告白するという話。一度好きになった人をそう簡単に忘れられるものじゃありませんよね。詳しいことは割愛しますが、素晴らしいです。



「散る花、咲く花」

(ネタバレ→)新しい恋を見つければ、始まりの時の格別さをまた味わえる。

前話のその後のお話です。毎週花を買って病院に義父の見舞いに行く彼女と、それに付き合う彼。しかし来るたびに花が捨てられていたり義父の体に引っかき傷があったりと、病院からの虐待を思わせる出来事が続き......。
本書の最終話ですが、いい意味で脱力するといいますか、感動的にしすぎないことで逆にリアルな余韻が残るように思います。ミステリとしても予想外のところから真相が出てくる演出が良いです。そしてラストの一文が味わい深いですね。





というわけで、恋愛小説としても歌野作品としても素晴らしい本書。実は私読む前からネタバレされてたんですけどそれでもめちゃくちゃ楽しめました。
恋をしたことのある全ての人にオススメします。まじで。みんな読んでね。