偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

歌野晶午『明日なき暴走』感想


単行本は『ディレクターズ・カット』というタイトルだった作品の改題文庫化。



職場で虐められる鬱憤をTwitterで晴らしていた根暗な美容師の輪生は、ある日事故で人を刺し殺してしまう。それ以来、日頃の鬱憤のタガが外れたように凶行を重ねる......。
一方、TVディレクターの長谷見は、弟分の湖太郎が輪生に刺されたことをきっかけに、警察を出し抜いて犯人をカメラに収めようと暴走し......。


新本格出身の作家の中で、ストーリー展開の面白さや新しい技術や文化を貪欲に取り入れることで唯一無二の存在となっている歌野晶午
本作もその魅力がガッツリ出てて短いながらどっぷりと浸れてめちゃくちゃ面白かったです。

いわゆる「バカッター」的な炎上商法をやってるイマドキ版・無軌道な若者たち。
職場で虐められ母親は生活能力皆無で恋人もいない「無敵の人」。
そして、落ち目でブラックなテレビ業界で多少汚いことをやってでも野望を追う男。
主要なキャラたちそれぞれに現代社会を象徴するようなキャラ付けがされていて、ついつい前のめりで読んでしまうというか、共感にしろ反感にしろとてもリアルで引き込まれます。この辺の感情を直接掴まれて引き摺り出されるような感覚は浦賀和宏小川勝己など私の好きな作家たちとも共通してて好き。
特に、無敵の人となった輪生の視点からの語りを読んでいくとかなり共感してしまう部分もあり、そういう事件が起きた時に擁護してしまう気持ちも分からなくはないと思ってしまいます。個人的に井上陽水の聴いたことあるアルバムの中では1番好きな『white』が出てくるのも刺さりました。

冒頭こそ人名が変わっててやや読みづらいものの、第二部あたりからはもうノンストップで一気読みさせられてしまうのもさすが。
イムリミットこそないものの、警察より先に、テレビより先にスクープを撮りたい、ないならでっち上げる!というノリなのでスピード感がパないんですよね。常に何かが起き続けてる感じで。

ミステリとしても作中に出てくる現代っぽいガジェットを駆使して切れ味鋭い一撃をお見舞いしてくれて驚かされました。
ただ、その一撃の後の細かすぎる解説はちょっとタルい気はしちゃいます。そこまでのスピード感がヤバかっただけにそこで減速しちゃうというか。
ともあれ、サラッと読めて面白い良作でした。