偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

辻真先『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』感想


昭和12年、名古屋で開かれた「汎太平洋平和博覧会」。銀座で似顔絵などを描いて生計を立てる少年画家の一兵は、知り合いの新聞記者の瑠璃子さんの頼みで記事の挿絵を描くために博覧会に同行する。
名古屋で彼らは宗像伯爵の世話になるが、ある日伯爵の親友・崔氏の愛妾の足だけが銀座で発見され......。



辻真先先生が御歳86歳にして立ち上げた新シリーズの1作目で、後にミステリランキングを総なめにする『たかが殺人じゃないか』の前作。

かつて『完全恋愛』を読んだ時の感想に、

76歳という年齢でしか出せない円熟した筆致。それでいて76歳とは思えない瑞々しさ。

と書いてたのですが(これを探すために久々に旧サイト「偽物の図書館」を見に行きました)、それからさらに10年経って86歳で新シリーズはじめて88歳でミステリランキング三冠獲ってるとは、さすがに想像してなかったよ......。辻真先は名古屋の誇りじゃ!
まぁあんまり年齢のことばっか書くのも失礼ですが、そんでもやっぱりこの歳でめちゃくちゃ面白い長編小説を書けるって凄すぎるやろ......。
いやでも実際、令和の世に昭和12年の物語をその時代を見てきた作家が描けるなんてのが、もう辻真先先生くらいにしか成し得ないことであるわけで......もはやずるいっすよね。
とはいえ参考文献を見れば当時の資料のタイトルがずらっと並んでいて、自身の記憶だけじゃなくて綿密に調べた上で書いてることも分かってさらに感嘆。

実際読みはじめるとすぐに風景描写や当時の風俗や方言(名古屋弁)のリアルさで一気にどっぷりと作中の世界に浸れますからね。作者がところどころ顔を出して解説するようなノリも辻先生ほどの大ベテランがやれば説得力が違います。
作り話の中に史実を織り込んでいくことで軽妙な読み味の中に重厚感が出ているのも上手くて、個人的に本作の参考文系にもなっている『それでも、日本人は戦争を選んだ』を奇遇にも直近で呼んでいたのもあって、「あっ、これ進研ゼミでやったとこだ!」ってなりました。

自分が名古屋人なのもあって、当時の名古屋の風景描写だけでも今との違いが分かってだいぶ楽しめたし、名古屋人じゃなくても博覧会の描写なんかは楽しいし、なんといっても伯爵流"パノラマ島"こと「ジオラマ館」を巡るシーンなんかは探偵小説好きにはご褒美すぎる......。
そして、童貞少年の淡い初恋描写もまた瑞々しくてドキドキしちゃうし、それがあるからこそ、起こる事件自体はミステリとしては地味な部類ながらも初恋の少女の姉が被害者(?)ということで深刻に受け取れるし、事件を境に一兵クンの恋にも新展開があってどんどん苦しくなっていくのが切なすぎるよ〜......。
という感じで事件と恋を両輪にした物語としてグイグイ読まされてしまいました。

ミステリとしては、トリックはある種ベタなものばかりですが、そのベタさが古き良き探偵小説の濃厚な味わいを出してて、意外性は薄いけどめっちゃ好き。
そして、この時代背景だからこその事件の構図に震え、懐かしの怪奇探偵小説的な幕引きにも戦慄し、なにより後日談として最後の最後に明らかになるとある真相にやられた。いや、これは事件の本筋からしたらどーでもいいようなものなんだけど、そのどーでもいいような一点が何よりも心に残ってじんわりと感動が全身に広がっていくような読後感がありました。

そして読み終わってみれば昭和12年を描いたお話でありながら昨今のこの国のあり方のお話でもあったりもして......。著者自身の少年だった頃を舞台にしながらノスタルジーに淫することなく今をも描き出しているところにも痺れましたよ。
という感じで、ミステリの部分だけ見ればやや大人しくも感じちゃうけどそんなことはどーでもよくて一つのお話としてめちゃくちゃ読んでて楽しかった!
一兵クンに幸あれ......。