偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

辻村深月『水底フェスタ』感想

辻村深月による夏フェスが開催される山村での青春を描いた長編。


ロックフェスを誘致した湖畔の山村・六ツ代村。
フェスの夜、高校生の広海は、この村出身の女優の由貴美と出会い、恋に落ちる。しかし彼女が村に帰ってきたのはこの村に"復讐"するためで......。

六ツ代という村の名前からし八つ墓村を連想しちゃいますが、本作は因習の根強い村ミステリ......ではなく、閉ざされた村を舞台にすることで少年が抱える閉塞感を描いてみせる青春小説。
主人公の広海は洋楽が好きで狭い村の中の常識や人間関係に囚われた村人たちに憤り見下している少年。その自意識と息苦しさに一度感情移入してしまえばもう著者の思う壺で、そっからはノンストップでグイグイ読まされてしまいます。せっかく村にフェスが来るのに村の奴らみんなそのありがたみを知らない、という感覚がなんかめちゃ分っちゃって刺さりました。
そしてヒロインは彼より8つほど年上の女優で、そのミステリアスな魅力にもがつんとやられてしまったのでノンストップでグイグイ×2。彼女が何者なのか知りたいけど知るのが怖い......という気持ちだけで読み進められます。

主人公は高校生で、幼馴染の女の子とかも出てくるんだけど基本的に学校の場面はほとんどないし、学校での人間関係はほとんど描かれず、あくまで村の大人たちの閉鎖的で旧弊な考え方に反発する物語になっています。なので他の作品のようなスクールカーストとか大学のサークル内での濃い人間関係みたいなのがない代わりに、村を動かす権力のある大人たちが敵になるので絶望的な無力感があります。
そしてそれは、政治家が差別発言をしようが脱税しようが許されるし選ばれるこの国とか、もっと言えばこの世界そのものに対するわたしたちの憤りと無力感にそっくりで、だから主人公に強く共感してしまうと同時に自分もこの世界を作る大人の1人なのだということも突きつけられる。そういう意味では主人公と大人たちの間に立つ従兄こそ1番共感できるキャラクターなのかもしれない......。

常にヒリヒリした緊張感と閉塞感のある作品ですが、終盤はどんどん人間のおぞましさが露わになっていって最悪でした。村という化け物を生きながらえさせるためのシステムのために犠牲になる声なき者たちのフェス......。

閉ざされた村という舞台設定こそミステリ映えしそうですが、本作では謎めいた事件も起こらないし村の秘密は最初から由貴美によってある程度語られるしで、驚くほどの意外さはないんですよね。そんでもグイグイ引き込まれてしまうし、村の中にいるだけなのに常に面白い。地味だけどだからこそ著者のエンタメ小説の上手さがダイレクトに伝わってくるのが印象的な作品でした。

あと序盤はけっこうえっちなシーンがあって嬉しかった!けど最後の方それどころじゃなくなって悲しかった。それとフェスが出てくるからもうちょい音楽描写が多くてもいいんじゃないかとはちょっと思った。エロと音楽をくれ。