偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

いしいしんじ『ぶらんこ乗り』感想

リーガルリリーのたかはしほのか先生が「この本がなかったら歌詞を書いてなかった」みたいなこと言ってて、実際たかはし先生の初期作品への多大なる影響が(ぶらんこという曲もあるくらいだし)感じられる作品でした。



物語をつくるのが好きでぶらんこの天才、天使のようだった弟は、私たちが小学生だったある日声を失った。
高校生になった私は、今はもういない弟が残したノートを見つけて......。


学生時代に読んでればまだしも、働き出して現実圧に浸されて擦れてしまった私にとっては本作は眩しすぎて、嫉妬と羨望から成る反感を2割くらいは抱いてしまいましたが、そのくらい素晴らしい作品でした。
主人公の弟はつくり話の天才で、ノートに自作のお話を書いているんですが、そのうち最初に出てくるものは実際に著者が4歳の頃に書いたものらしいです。というのは作外の情報ではあるけど、そんなことを知ってしまったらもう「4歳の子供がこんなお話書けるわけない」なんてツッコミも入れられず恐れ入りましたとしか言えない。
日々の在庫管理、売り上げや利益の計算、部下の労働時間の管理などに追われて現実しか見られなくなってしまった私。だからこそ、たまにこういう作品に出会うと、家と職場の間の最短距離だけが世界じゃないし、この「現実」とは違うけれど物語の中にも現実以上に本当のことが描かれていたりすることを再確認できました。
暖かく優しい物語でありつつ、冒頭から強烈な喪失の予感があって切なさや儚さや寂しさも同時にある、不思議な読み心地がたまらない。弟が書いた物語も可愛らしさの中にさらっとしたユーモアやヒヤッとするような怖さも入ってて、作中作だけでも印象的なものばかり。特にローリング、ペンギン、コアラ、ナマケモノの話が忘れ難い......。
また、本作はエンタメ作品としても素晴らしく、淡々と絵が枯れる日常の中でところどころで大小様々の事件が起こり、特に弟が声を失うくだりと終盤のあの展開には呆然としました。

しかし世界の残酷さもきちんと描きつつ、それでも美しいこともあることも描かれる本作は、なんつーか親でも先生でもなく作り話からしか教われないことをきちんと教えてくれるような本で、主人公たちと同じ小学生の頃に読みたかったなぁ。
平易な文章なんだけど味がありすぎてきちんと味わうためにかなりゆっくりとしか読めなかったんだけど、そうやって数日かけて読んだことも子供の頃に昼は友達と遊んで寝る前に数十ページずつちまちまと本読んでた頃のことを思い出したりもしてノスタルジイに浸りました(まぁ今ちまちましか読めないのは仕事が忙しいからなんだけどね)。

しかし本書を読むとリーガルリリーの「ぶらんこ」という曲がかなり本書のオマージュというか、ほぼ二次創作みたいなもんだと分かり、非凡な歌詞を書く鬼才たかはしほのかにもこういう影響がダイレクトに出てた頃があったのかぁと微笑ましく思う(にしたってぶらんこって曲作ったの17か18の時だからすごい)。
て感じでリーガルリリーファンとしても感慨深かった。